他称アイドル作家の試行。 †
『アナログ所さん』シリーズ(バレットさん・作)。
テレビ番組『デジタル所さん』の二次創作、ということになってはいる。けれども実際のところ、元ネタを知らなくともこの作品ならではのスピーディなノリについていけたなら、この作品を理解したことになるのだろうか。
激しいセリフの応酬。場面の唐突な切り替わりによる、小エピソードの積み重ね。「明言」やら後書きやら「巻末問題」やらの細かな仕掛け。楽屋落ちや語り部のセルフ突っ込みといった、メタフィクション的要素。随所にギャグのちりばめられた、コメディタッチの作品といえよう。
申し訳ないけれども、元ネタをよく知らないあたしは読み解くのに難儀した。ストーリーを追っていて、じっくり考えようと思った箇所がギャグで滑ってしまうのだ。作品を形づくる文字列から伝わる激しい熱気には、圧倒されるのだけれども。あたしがバラエティ番組にゲスト出演して、同年代の芸能人の子たちと接したときの違和感が、これに近かったかもしれない。
ともかく、あたしは全編を読み通してみた。そして感じたことを率直に言うと。
ずるいよ、バレットさん。
途中ではギャグやメタフィクションではぐらかされるのに、各話を読み終えたときには感動に胸を揺すられてしまうのだから。ほんと、ずるいほどに見事な構成力を見せ付けられた。
あたしは、自分が持っていないものをあらためて確認させられた。そして、『アナログ所さん』がそういうものを十二分に持った、読む価値のある作品であることも。
では、インディー君と所博士の状況と心境の変化を追いながら、各話を分析してみよう。
>無印
インディー君はもともとシベリアンハスキー犬(「君」と呼ばれているからにはオスなのだろう――第二話でオス犬と確定する)にして大学教授。所常時博士の発明した若返りの機械で仔犬になるはずが、機械の異常動作で10歳くらいの人間の美少女になってしまった。
TSFのお約束を踏襲しつつ山田さんたちにいじられたりしながらも、人間の美少女姿をそれなりに気に入っているインディー君。
所博士のほうは若返りの機械を壊そうとして大爆発させてしまい、若返りの煙を発生させて街中を大パニックに。博士自身も金髪にメガネの少女・ジュディになってしまった。これは天罰というのだろうか。
そして、インディー君とジュディちゃんはふたりいっしょに映画女優デビュー。
機械の故障でTSした主人公がアイドルとして脚光を浴びるという展開には、あたしも共感してしまう。別に、あたしに似たような来歴があるわけではないけれど。
仔犬になれるぞとわくわくしていたのに、人間の女性になってしまったインディー君。ストーリー中には描かれていないけれども、おそらくは戸惑いと驚き、そして博士への怒りがあったことだろう。もしかしたら恐怖感にも襲われたかもしれない。
しかし同時に彼女には、人間の女性としての生活への好奇心や探究心も芽生えていた。家事に取り組んだり、教え子の女子大生と友人になったりと、大学教授らしく好奇心を前向きに働かせている。そんな前向きの姿勢があるからこそ、天罰的にTSしたジュディちゃんまで巻き込んで映画女優として成功できたのだろう。
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優一郎「譬えて言うなら、スプリッター実験の失敗で、俺まで女性化して、ろろみちゃんとふたりでアイドル小説家デビューした、ってストーリーかな」
S伸一郎「で、俺がろろみちゃんとユウをプロデュースする。おおっ、こりゃおもしろい展開になりそうだ」
優一郎「辻ひとみさんの役は正世編集長がハマりそうだな」
ろろみ「でもね、スプリッターの話は外部には秘密だから。あたしたちの世界は『アナとこ』のようにはいかないのよね」
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>Episode Code:F
ジュディちゃんとインディー君、またまた映画に出演。その撮影の最中、ジュディちゃんのほうにTSFのお約束が発生した。けれども、赤米を使うことでひとひねり入っている。
インディー君のほうのお約束はもう済んだのかしら。
あたしは個人的事情もあって、興味津々である。
インディー君とひとみさんのいたずらで、ジュディちゃんの性格が女性化かつ幼児化したり。キムチ鍋でジュディちゃんが口から火を噴いたり。いきなりインディーくんが宝くじを当ててしまってグループ旅行をしたり。行き先の温泉ではジュディちゃんは嫌がりながらも女風呂に入ったり。ジュディちゃんはインディーくんの大学の講義でレイザーラモンの物真似をさせられたり。そして機械を直して元のジョージに戻るが、すぐにまたジュディちゃんにされてしまったり。
あとがきにもあるように、文体は比較的落ち着いていた回だろう。しかし、コメディとしての場面転換の激しさは第一話を上回っているように感じられた。
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S伸一郎「個人的事情って……ろろみちゃん、アレまだだったのかい?」
ろろみ「黙秘しとく。っていうか、こうけいさんが描写しないんだもの」
優一郎「実を言うと、スプリットした女性体にアレが発生したっていう報告は、学会にもまだないんだ。だから、ろろみちゃんにアレがあったら快挙だよ」
S伸一郎「おおっ、楽しみだぞ」
ろろみ「……あのー、ふたりとも、あたしの身になって考えてくれる?」
他称アイドル作家の錯誤。 †
>THE MOVIE(嘘)
冒頭部にスタッフ・キャスト名が表示される演出からしていかにも映画らしい。他の回のように章に分けられてはおらず、映画ということでストーリーはひとつながりになっている。
芸能界がメインの舞台となっている回。青年アイドルユニット「ハリケーン」の「アイバーソン」など新顔のタレントが続々と登場する。
インディー君の教え子にしてお笑いコンビの相手役・ひとみがアイバーソンに恋をしたため、なんとかひとみの望みをかなえてやりたいジュディちゃんがひと肌脱ぐというストーリーだ。
今回はTSストーリー色は薄く、ジュディちゃんもずっと女の子のまま。新しいTSシーンもなかった。あたしも水の入ったバケツを持って廊下に立ってから、日テレ最上階逝きか。こうけいさんと一緒に。でもバンジージャンプはパスでお願いします。
そんな回ではあるが、レイザーラモンに恋の相談をしたとき自分の恋のことかと勘違いされて怒った、ジュディちゃんのセリフがかわいらしかった。彼女にも、十歳の少女の心が根付いてきたのだろう。
>戦争茶会
インディー君のバースデイはただで済むはずがなくコントに相応しいオチ。ケーキへの仕掛け人は、バレットさんの別作品『落雷』のキャラクター「荒野鋼」(落雷獣耳TSっ娘)であった。鋼くん(翼ちゃん)は、いわば作者の代役として『アナとこ』世界に飛び込み、作者の意図どおりに所家をかき回してくれた。
続いてピザが届くも、電波ネコ乱入。インディー君は電波ネコと共にジュディちゃんにお仕置きされる。次はカラオケ大会へ。けれども「世界の南野」氏のところにセールスレディの魔の手がのびる?
今回もTS色は薄く、ドタバタ色の強いストーリーであった。しかし、今回のメインキャラというべき電波ネコが最後に切ないシチュエーションを見せてくれた。
ファンサービスとして、「THE MOVIE(嘘)」の別展開バージョンがおまけについている。あたしたちの望んだ展開というか、ひとみさんと雅紀が入れ替わってしまったストーリーだ。ふたりともあっさり相手の体に適応してしまったようで、お幸せに。
他称アイドル作家の暗中。 †
>電脳大冒険Special
唐突にオンラインRPGを始める登場人物たち。そして、他作品や他人の作品から登場する多数のゲストキャラ。
インディー君たちはあくまで脇役であり、シリーズ中では番外編の色が濃い。
けれども、前編中編後編に分かれたこの三部作にこそ、『アナとこ』の本質が込められているのであった。
>前編
所さんチームはインディー君、ひとみさん、ジュディちゃん(ジョージ)。ことさら「(ジョージ)」と書いてあるということは、男のジョージ君(所博士)の活躍する機会が多いということか。いや違う。彼(彼女?)は現実世界ではジョージに戻ったのに、早食いバトルに負けたがために、ゲーム内世界ではジュディとしてプレイさせられるのであった。
他人作品との混成チーム「チーム・フルメタル」。『落雷』の鋼くんは『戦争茶会』に続いての登板である。トーマ君(『若葉色の怪盗』きりか進ノ介さん)と冬雪ちゃん(『ホーリーメイデンズ』流離太さん)が行動を共にする。
ハンター三人のチーム「ピュア・ハンターズ」。登場する4チームの中でも、特に協調性がなさそうなちーむである。
そして、今回初登場の「ブラックブレイズ」。「旋」と「ルア」。謎だらけのふたりだ。それも、現実世界では逢ったことのない、ネットだけでのつながりのふたりである。
あたしの場合、前編の時点では「チーム・フルメタル」にいちばん興味が向いた。他人様作品との混成チームというところに注目したのである。
かくしてゲームのプレイが始まる。あたしたち読者も、いきなり仮想のRPG世界に飛び込むことを余儀なくされる。
しかしそんなバーチャルな動揺と混乱の中からストーリーを紐解くのも、また楽しいものである。
ジュディちゃんが「こんなキャラクターはやはり私ではない!」と、自分がジョージであることを主張しているあたりが、TSストーリーらしさである。
オンラインRPGでネカマをやらされているプレイヤーが、男キャラでログインしなおしたいとわめく心理も、こんな調子なのだろうか。いや違うか。
おそらく、ジュディちゃんは現実世界(『アナとこ』作品内の)では自分のTSを深刻に悩んでいるのだろう(「アナとこ」ストーリー中ではそう深刻には描かれていないけど)。そのような深刻なTSが、オンラインRPGでの女キャラプレイに転化される(いや、茶化されるというべきか?)ことにより、笑えるものへと翻訳されているあたり、興味深い。こういう手法を、現実のメタ現実化というのだろう。
>中編
プロローグで、旋くんがオンラインゲームでルアちゃんと出会うまでが描かれ、旋くんが『電脳大冒険』の主役であることが明白にされた。
ピュアハンターズ以外の3チームは、荒れた海「ファントムズ・アイ」を渡るという大試練に向き合っていた。「目的地が同じなら、旅の仲間」。この単純明快な理由で、3チームは合同で海を渡ることになる。
そこから、旋くんがリーダーシップをとり始めたのである。彼のあまりに真剣すぎる主張は、ほかのプレイヤーからは反感を買いもしたが、結局はプレイヤー全員の同意を得ることができた。旋くんにとっては大きな成功体験であった。
演出上の小技としては、次はジョージでエントリーしたいと密かな野望を描くジュディちゃんが微笑ましい。
激しい技の応酬の末、3チームは見事なチームワークで海を渡りきった。後はチームごとに別行動をとってもよいものだが、彼らはそうはしなかった。より多い人数が結束してのチームワーク。その大切さと美味しさを知ったインディー君たちは、以後も旋くんと共にゴールを目指すのであった。旋くんはここでまた一歩成長した。
だからこそ、ピュアハンターズの脱落ぶりが、笑えるほどに情けない。
他称アイドル作家の模索。 †
>後編
ほかの3チームが電脳空間で料理や買い物を楽しむ中、旋くんはひとり深刻に作戦を練っている。そんな彼をリラックスさせ、仲間を信用するようにと説得するルアちゃん。
ブラックブレイズこそがこのストーリーの主役で、ほかの三チームはデコレーションなのだということを、最後になってやっと思い知らされた。あたしの注目していた他作品キャラクターの混成チーム、チーム・フルメタルもまた脇役にすぎなかったのだ。
そしてピュアハンターズはギャグメーカーに成り下がっていた。
魔王との最終決戦。前回以上に派手な技が繰り広げられるも、決着は拍子抜け。
しかしそんな結果はどうでもよい。重要なことは、はじめまとまりがなかったプレイヤーたちがチームワークを次第に身につけて、ついに魔王を倒すまでに成長したことである。
特に旋くんはリーダーの地位を見事に全うした。彼のように自分の世界を構築するのが得意な人間は、それゆえ自己中に陥りやすく、リーダーとしては破綻をきたしがちである。けれども中編でのいくつもの成功体験が彼に自信をつけさせた。だからこそルアちゃんの助言を素直に聞き入れることもできたし、仲間たちを信頼することができたのだろう。
たかがゲームと蔑んではいけない。ゲームは、特にオンラインRPGは、“チームワーク=絆”あってのものなのだ。そして、ゲームで得た絆はそこだけのものではない。現実世界に反映することだってできる。
この『電脳大冒険Special』は、旋くんがゲーム世界の中で“絆”の大切さを身につけ、それを現実世界での生活に反映させていこうとする成長物語だったのだ(もっとも、あの劇的なラストには驚かされたが。『アナとこ』がこんなところでTSストーリーとしての顔を見せるとは)。
いや、旋くんだけではない。トーマ君も、冬雪ちゃんも、鋼くんも、所博士とインディー君とひとみさんも、絆を信じて新たな一歩を踏み出していった。ピュアハンターズの三人はともかくとして。
そして、絆の大切さとは、『電脳大冒険』のみならず『アナとこ』全編にわたる重要なテーマなのだろう。ふだんは所さんの仲間たちの絆が描かれているが、『電脳大冒険』ではより多くの人々の絆を描くことにより、このテーマを一層強調することに成功したのである。
虚構世界で得たものを現実世界に反映させる。それはゲームだけに当てはまることではない。
思い起こせばあたしも、自分の作品中のフレーズに自分自身が動かされ、アイドル作家としての大きな一歩を踏み出した。それ以来、創作には現実世界を変えていく力があると信じている。
それはともかく、あたしもこのRPGに参加したかったなあと、ちょっとだけ思ってみる。微風ろろみは言葉が武器なだけに、呪文が得意な魔法使いとして「チーム・フルメタル」に参入すればよかったかな?
けれども、あたしにはあたし自身で虚構世界をつくる力がある。バレットさんに余計なお手数をかけてまで、こちらの電脳世界にお邪魔する必要などないのだ。そう思い直しつつ、あたしは筆を進めるのであった。
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ろろみ「……疲れた」
優一郎「どうしたんだい、旋くんみたいに溜め息吐いちゃって」
ろろみ「『アナとこ』独自の文体や展開を追っていると、神経使うのよね」
優一郎「そういうものかい?」
S伸一郎「まあそう気張らずに、楽しんで読めばいいじゃないか」
優一郎「今の、ルアちゃんのセリフみたいだな」
ろろみ「かもね。じゃ、あと一作がんばるぞー!」
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>留守番天使
電脳の中の大冒険を終え、日常のペースに戻った所さんファミリー。けれどもジュディちゃんは男性の所博士、というより男優のジョージ君として中国に出張中。替わりのいじられ役TS少女として、今回のゲストキャラ、悠里ちゃんが登場する。
旅の途中、南野の家の得体の知れない機械の爆発に巻き込まれて少女となった悠里ちゃん。旅の経緯や、自分がこれからどうするかについて、かなり気楽に考えているあたり、今風の少年なのかもしれない。あたしの学校の友人にもいるタイプだ。
TS物のお約束、銭湯で入浴といったエピソードの間、インディー君はどうしてか悠里ちゃんを男の子として見ようとする。悠里ちゃんは当人が望んだわけでもなくハプニングで女性化したのだから、インディー君としては彼女を男の子に戻してやりたいと考え、極力男の子として扱おうとするのが理だろう。
しかしインディー君のそんな尽力は空回りする。なぜなら、なんとなくではあるが、悠里ちゃん当人に女の子として生きていきたい願望と覚悟があったからである。
そしてラスト、インディー君と、帰ってきた所博士の理解を得て、悠里ちゃんは自由と責任を伴い新たな旅に出る。けれども所さん一家の“絆”は、悠里ちゃんとも堅くつながっているのだ。
気張らずに楽しんで読めるストーリーながら、電波ネコの回と同様、ラストはきれいに、そして感動的にまとめられていた。
愉快でハチャメチャでありながら、時にはずるいほどに、温かい絆の大切さを教えてくれる所さん一家の大活劇。願わくは、こんな楽しい時がいつまでも続きますように。
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以上、長々と『アナとこ』について書評(のようなもの?)を綴ってみた。
長文へのお付き合い、恐れ入る次第です。
こうけいさんの感想掲示板で、バレットさんからこうけいさん(と、あたし)へいただいた身に余る賛辞。
そして「オススメ作品」に『微妙存在ろろみ』を挙げてくださったこと。
この書評が、それらへの返礼として成立しているのか、あたしには正直言って不安なのだ。恩を仇で返すような真似になっていないことを、ただただ願うのみ。