寝台特急『北斗星』

ナイショの北国行き。


「今日は3月20日、金曜日。 春分の日です」
「時刻は18時45分。 私たちは今、上野駅の改札前にいます」
「喫茶の皆さんには黙ってたんですけど、あたしたちこれから、北へ向けて出発します」
「『キエフ発の輸送列車降りたときから〜♪』」
「残念ですけど、スターリングラードには行きません。 今そんな地名もないです。 ATOKに指摘されちゃいました(笑)」

「さて、13番ホーム。 昔からこの地上ホームは、北へ向かう夜行列車の玄関口になってました」
「今回私たちが乗車するのは、寝台特急『北斗星』。 青函トンネル開通と共に運行の始まった、豪華夜行列車のはしりともいえる列車です」
「北斗星と同時期に運行を始めたトワイライト(エクスプレス)とか、北斗星と同じルートを走るカシオペアとか、高級さではそういう列車に劣りますが、もはや唯一と言ってもいい、在りし日の『ブルートレイン』の姿を色濃く残した列車だと思います」
「この前、東海道のブルートレインは全廃されちゃったからね。 春美が撮りに行ってたみたいだけど」
「で、桜さんはサンライズに乗ってきたと。 この前乗ったときは酔ったって聞いたんですけど」
「体調不良が主な原因だったみたいね。 今日も二階部屋だったんだけど、そこまでひどくなかったから」
「あれ? 一階部屋って聞いてたんですけど」
「まさかの二重発券。 マルスの馬鹿ぁ」

 【マルス】(まるす)
 国鉄時代から使われている、列車予約システムの名称。もちろん数世代入れ替わっていて、初期の機械は上野の国立科学博物館に展示してある。

「あ、星釜だ」
「最近珍しいのよね。 カシオペア用の釜が牽いたりすることが多いらしいから」
「今回、本来の車両が点検中なので、2号車が個室じゃなくて開放なんですよね。 4人グループだから開放でもよかったんだけど、ホントは個室の方が安心といえば安心ですね」
「まあ、席取れただけでも万々歳じゃないんです? 初日は窓口に発売3分後に行っても満席だったんだから」
「ツアーで大量に確保されてるんでしょうね…………」

 【星釜】(ほしがま)
 側面に流れ星の描かれた機関車。本来、北斗星の牽引はこの機関車が行うのだが、最近は故障が多いせいでその運用が厳密には守られていない(守れない?)らしい。電気機関車は近いうちに新型に変更される予定。

「ろろみさん、乗ったらブラインド上げていただけますか?」
「どうして?」
「まあ、見ててください」
 …………………………
「あ、なるほどね…………」
「窓を拭いておくと景色が少し綺麗。 どこかのブログの受け売りなんだけど」

「昔の寝台、そのままの雰囲気ですね」
「昔は3段だったんだけどね。 2段なら上を固定してても頭は当たらないわね」
「すご…………灰皿にJNRマークが」
「そういえば、ここは喫煙可能なんですよね。 寝台組んでるときは禁煙って書いてるけど」
「うぁっ。 引き出し下手」
「食事中にこれやられると、ちょっと不安…………」
「あ、ハイケンスだ」
「富士はやぶさのラストランを特集した番組だと、要所要所で挿入されてくるのよね。 図ったかのように」

 【JNRマーク】(じぇいえぬあーるまーく)
 JRの前身、日本国有鉄道の略称がデザイン化されたマーク。現役の車両でこれを見つけるのは結構難しい。

 【引き出し】(ひきだし)
 電車と違い、機関車+客車の組み合わせが一般的な寝台列車の場合、機関車の運転士の腕次第で、発車時に客車に伝わるショックが変化する。下手だとかなりのショックが来る。

 【ハイケンス】(はいけんす)
 通称は『ハイケンスのセレナーデ』。国鉄時代に作られた客車の車内放送は、このメロディで始まることが多い。

「え? もう一杯なんですか?」
「乗ったらすぐに来ないといけないみたいですね…………」
「明朝しか空いてないので、シャワーは諦めましょう。 その代わり、食堂車は絶対に」

 【シャワー】(しゃわー)
 一部の寝台列車には、300円払えば使えるシャワールームが設置されている。二人は出遅れたが、予約制なので早めの行動が吉。
 ちなみに、内部のシャワーユニットには、カウントダウンタイマーと2つのボタン(赤と緑)が備えられている。いつかの桜のレポートではないが、”0分00秒”になると爆発しそうな雰囲気がある(笑)

「こっち方面だと、風景がちょっと寂しいですね」
「東海道だと街の灯りが多くて見応えがあったんだけど。 でも、明日のトンネルの出入りだけは見逃したくない」
「そろそろ、パブタイムが始まりそうですね。 さっきのシャワーの件もあるので、ロビーで待っておきましょうね」

 【ロビー】(ろびー)
 北斗星の6号車、上野寄りに存在。自動販売機や映画鑑賞が可能なテレビが据え付けられている。シャワールームもこの中にある。

「本来の開始時間が過ぎたので、通路で待っておきましょう」
「そうですね」
「食堂車って初めてなのよね。 絶対逃せない」
「営業時間案内には、『北斗星1号』って書いてありますね」
「やっぱり…………パブタイム狙いで、後ろすごいことになってる」
「タイミングばっちりでした」

 【パブタイム】(ぱぶたいむ)
 食堂車『グランシャリオ』において、完全予約制のディナータイムが終わった後で利用できる、予約不要の時間帯。比較的リーズナブル(あくまで比較的……)なお値段で雰囲気を味わえるため、人気が高い。

「ビーフシチューセットお願いします」
「私はイタリアンハンバーグセットで」
「うわ…………順番待ちが出てる」
「ラストオーダー早いから、間に合わないような気もする」
「うん、おいしい」
「非日常が味わえるというのが、一番のごちそうかもしれませんね」

 【非日常】(ひにちじょう)
 十数年前までは新幹線も含め、かなりの列車に食堂車が連結されていたが、現在は3つのみ。北斗星の他には、前述のトワイライトエクスプレスとカシオペアのみである。食堂車で夕食というのは、もはや非日常である。

…………………………

「ろろみさん、起きてください」
「ふわ」
「ええと、GPSで見る限りは、木古内の手前です」
「何カ所かトンネル抜けてから入ります」
「…………あ、入った」
「トンネル入るとガラスが結露するんです。 この間に着替えておきましょう」
「私たちの場合、着替える以外の手間もかかりますからね」

 【青函トンネル】(せいかんとんねる)
 日本最長の海底トンネル。列車内との気温差が激しいため結露することが多い。
 ちなみに、トンネル内には『海底駅』と銘打つ場所が2カ所あるが、両方ともその真上は海でなく陸地である。

「どういうこと?」
「信号トラブル……函館までたどり着けるんでしょうか」
「最悪、行けるところまで行って下ろしてもらうしか」
「函館まで2駅。 タクシーでも何とかなりそうだけど」
「あ、動き出した」

「45分遅れですか。 北斗星の遅延は珍しくないんですけどね」
「ここからはディーゼル重連。 進行方向も変わります。 これも星釜ですね」
「本来の北斗星の姿が見られて幸せです」
「さ、朝ご飯食べましょう」
「海鮮丼ですね」

 【海鮮丼】(かいせんどん)
 函館駅から歩いて1分のところにある、函館朝市。多くの店が海鮮丼という大きなくくりの中で、その味を競っている。


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Last-modified: 2009-04-01 (水) 20:45:07 (5518d)