第22回オフのその後。鉄分濃いめバージョン。

直接こっちにアップ(笑)

登場人物

ここで登場する人物の設定は、他のストーリーとは異なりますので、ご注意ください。

微風ろろみ
いつの間にか鉄分が濃くなった、女子高生アイドル作家。
北村桜
やはり鉄分濃いめの、元フリーカメラマン。現カメラ屋の店員。

10月18日、晴れ。

 梅田駅の近くにある、とあるカメラ屋。
 北村桜は客を装い、その店の陳列や品ぞろえ、価格をチェックしていた。ちなみにこのカメラ屋、『同業者の価格調査歓迎』と銘打っている。よほど価格に自信があるのだろう。

 直接の競合店ではない。だが、参考になる点は多い。
 桜は数分の間店内をチェックした後、その店を後にした。*1

 しかし、桜がここに来た理由は、これではない。
 待ち合わせしている相手と、他に行きたい場所があったからだ。

「北村桜さん、ですか?」
 声をかけられた桜が振り向くと、雑誌で見たことのある顔がそこにあった。

 微風ろろみ。先日計畫賞を『いんたぁふぇいす』で受賞した、現在もっとも勢いのあるアイドル作家の一人である。
 休みである今日も、計画書店で次回作の構想等について、『文藝計畫』編集部との打ち合わせを行ってきたため、大阪入りは夜になってしまったのだ。

「はじめまして」
 桜と初対面のろろみは思った。どこかのカード回収娘と同じ服装を着せたら似合いそう、と。

 ――確か、一児の母、だったはずだけど。

 子供と同じ服装をしても似合いそうな親。ろろみのネタ帳に、一行が追加された。

 二人が宿泊するホテルは、梅田駅のすぐ横にある。ついでにいえば、桜の行ったカメラ屋を、三方から取り囲むように建っている。
 チェックインし、部屋に入っておく。エコノミーツインを予約していた桜であったが、フロントからグレードアップの提案があったので、ろろみとの相談の結果レディースツインへグレードアップすることにした。
「これは正解」
「なにがですか?」
「エコノミーってほんと狭いのよ。 それでも十分かな、って思ってたんだけど、やっぱりこれぐらいの広さはあった方がよかったかもね」
 専用のテーブルが備わっていたので、そこで話もできる。落ち着ける部屋であった。

 しかし、落ち着いている余裕はなかった。
 最初の目的地は閉店、2つ目の目的地は閉園間近だったからだ。

 二人は必要な荷物だけを手に、ホテルを後にし、大阪駅を西へ抜ける。
 大通りの横断歩道を渡り、ショッピングモールへと入ると、最初の目的地があった。
「ここ、うちの娘が閉店間際に飛び込んだ場所なのよね」
 娘……春美のことは、今はまだ”息子”と呼ぶのが正確なのかもしれないが、桜にそう呼ぶつもりはなかった。
「飛び込んだって…………」
「ここの正確な場所もわからずにひたすら走って、閉店間際で見つけたので飛び込んで、品物を値切って買って、また走って大阪駅まで戻ったって言ってたけど」
「無茶苦茶な行動力ですね」
「…………ただ無謀なだけとも言うわ」
 今日も閉店が近い時間ではあったが、走る必要はなかった。
(詳細は第16回オフレポ『CBCイブニングワイド』参照)

 今回はお目当てはなかった。そもそもこの店、その日の営業開始時の在庫を、ウェブで公開している。事前に調べておけば、まあ行く必要はない。
 桜がここに来たのは、一種の”ネタ”の提供のためである。

「貨物ターミナルですね」
「昔はもっと広かったらしいですけど」
 その店から大通り沿いに歩き、ガードをくぐると、目の前にフェンスで囲われた一帯が見えた。上屋には”JR貨物”とある。
 その横を抜け、地下道の入り口を探す。道の反対側に見つけたので、近くの横断歩道で渡る。歩いていた一帯も、昔の貨物ターミナルの一部である。

 ろろみと桜の共通点は、『鉄道に詳しい』ことである。遺憾なく発揮される(?)のは明日なのだが、すでにその片鱗は見えていた。

「昔は暗くて長くて、女性の一人歩きは危険だったそうだけど」
 目的地へ向かうには、この地下道を使うのが近道となる。昔は桜の言うような地下道が500mほども延びていたのだが、現在は再開発の関係で200mへ短縮された上、照明も整備されたため、ずいぶん歩きやすくなっている。*2
 地下道を抜けると、目の前にそびえ立つビル。それが今晩最後の目的地であった。

 梅田スカイビル。地上173m、大阪市内のビルでも屈指の高さを持つ。*3
 オフィスや商業施設、映画館などが入るこのビルの一番の目玉は、屋上の庭園を中心とした上部の展望台である。

 ビルのウェブサイトで入園料の割引券が配布されていたので、桜はそれを印刷してきていた。ついでに、ビルの40階にあるカフェのドリンクも、同じ券で50円ほど割り引かれる。当初は入園だけでカフェは無理と思っていた二人であったが、予想外に前の予定が早く終了していたため、まずはカフェで一杯、ということになった。

 ガラス張りのエレベーターで35階まで上がった後、やはりガラス張り、宙に浮いたように取り付けられているエスカレーターで39階へ。そこから再びエスカレーターで40階、ビルの最上階へと到着する。
 カフェのラストオーダーの時間が迫っていたので、二人は注文をすませ、窓際の席を確保した。
「撮影はもう一つ上でよさそうね」
 ガラス越しに夜景を撮影するには、特殊なフィルターを使わない限りは困難である。手持ちにそのフィルターはない。撮影は屋上でと思った桜であったが、その判断は一部では正解で、一部では間違っていた。

「そういえば、先ほどの娘さんの話なんですけど……」
「春美のことね」
 北村春美のことは、ろろみも友人から聞いていた。
 世間が完全に理解してくれているとは言い難い障がいを抱えながらも、女性として生きていこうとしている存在。ろろみとは異なり、『あるべき姿』に戻ることに、困難の生じる存在。
 その部分を題材にするのは、少々難しい。ろろみはそう思った。
「まあ、春美の行動には無謀なところが多いわ。 『困難』って言葉を知らないんじゃないかなって、思ったりもしたけど」
「なんでもやっちゃうんですね」
「いい方向に働くことが多いのが、幸いなんだけど」
 思えばろろみ自身も、そういう行動に出たことがある。だがそれは、今の自分がいわば”仮の姿”だからこそした、できたことではないかと、今になって思う。今後もまだ、そういうことをする機会もあるだろうが。
「物事を必要以上に深く考えないのが、春美のいいところ。 私も見習うべき所は多いわ」
 アイスティーをいただきながら、二人は家族のこと、友達のこと、仕事のこと、いろいろなことについて語っていた。
 カフェのオーダーがストップした時間で、二人は空中庭園へと向かった。

 秋が深まる頃。空中庭園に吹き付ける夜の風は、少々冷たい。
「なんか、カップルのための場所って感じ」
「そうですね」
 イルミネーションで彩られたデッキに、2人掛けのベンチが据え付けられている。すでに開放時間を過ぎているので、ライトアップは終わっていたが、デッキのイルミネーションは『173』というこのビルの高さを時々映しながら、閉園までの時間照らし続ける。

 大阪の夜景をこういった場所で眺めるのは、二人とも初めてである。
「夜景撮影ってどうやります」
「ええと……Z5fd。 手ぶれ補正ないから三脚はほぼ必須。 持ってきてます?」
「…………ありました」
 こういうこともあるかと思い、ろろみは先日とある人*4から譲ってもらったミニ三脚を、鞄に忍ばせていたのだ。
「三脚に据えてるなら、夜景モード、2秒セルフタイマー。 今時のデジカメはこれでだいたいいけるはず」
 言われたとおりに設定を変える。元フリーカメラマンである桜のアドバイスなだけに、説得力はあった。これまで撮ってきた夜景に比べ、一歩か二歩上を行く写真が撮れた気がした。
「あれ? 桜さんは三脚使わないんですね」
「この状況は、手ぶれ補正ありならなんとか三脚使わずにいけるレベル」
 桜はろろみの持つZ5fdの兄貴分、今でも名機として語り継がれるF31fdユーザーであったが、今回は日頃春美にもよくやらせている『実地テスト』ということで、最新鋭機『IXY DIGITAL 920IS』を持ち歩いていたのだ。

 22時15分。閉園時間のアナウンスが流れる。
「そろそろ、おなかいっぱい。 ろろみちゃんは?」
「あたしもです。 いいものが撮れました。 ありがとうございます」
 閉園間近になると、エレベーターは混雑するだろう。二人はエレベーターを降り、地下道を抜け、ホテルへと戻った。

 なお、この日の就寝時間は午前4時を回っていたことを、付記しておく。

10月19日、晴れ。

 午前7時。
 北村桜は、ゆっくりと目を覚ました。隣のベッドでは微風ろろみが、もぞもぞしていた。
 ろろみを起こさないようにゆっくりとベッドを抜け、ドレッサーにもなっているテーブルに腰掛ける。ホテルのLAN接続は有料なので、手持ちのPHSカードを用い、愛用のPCからネットへ接続する。

 午前8時。昨日の就寝前にろろみが自ら設定した、起床リミット時間。干渉せずろろみの様子をウォッチングしていた桜であったが…………あろうことか、ろろみは二度寝した(笑)
 結局ろろみが起きてきたのは、8時半になってからだった。

「日曜日の朝は、と」
 AQUOSケータイの液晶を回転させ、ワンセグを視聴する。テレビは部屋に据え付けてあるのだが、身支度をしながら見るには少々都合の悪い位置のため、こうなる。
『喝だっ!』
 毎週見ているコーナー。全国ネットなので放送局さえ合わせれば、同じ時間に見られる。
「好きなんですね」
「支度しながら笑えるから」
 桜の支度は早かった。

 10時前にホテルをチェックアウトし、駅前の交差点に出る。
「帰りはどうされます?」
「だいたい時間は決まってるけど……ろろみちゃんは?」
「きっぷがないんですけど……まあ新大阪近辺で買えますよね」
 ホテルのすぐ近くに金券ショップが存在したのだが、スルーした。この判断ミスが、後に大きな回り道を生むことになる。

 荷物を置くため、新大阪まで列車に乗る。現在地からはJRまたは地下鉄で行くことができるが、二人はJRを選択した。
 快速列車が、大阪駅のホームへ滑り込んでくる。ちょうど先頭車両の位置に並んでいた二人は、大きなガラス越しに前方及び運転台の様子を覗くことができる場所に、位置どった。
「……もうこの地点で”鉄子”よね」
「そうですね」
 おまけにデジカメまで持ち出している。間違いない(笑)

 新大阪駅のロッカーに荷物を置き、再び大阪まで戻った後、環状線に乗る。東京より規模が小さいせいか、駅もこぢんまりとしている。木製の屋根もあったりする。数駅ほど乗って、京橋で降りる。
「ホームに床屋があるのは珍しいですね」
 ニーズがあるから営業しているのだろうが、ちょっとミスマッチのようにも思えた。

 京橋で降りたのには、ちゃんと理由があった。
 この日に開業した、京阪中之島線。ろろみが乗車したいと希望を出したことで、こういうルートをとることになった。
「この車両が来ればいいんですけど」
 同じく今日から運行を開始する、新造列車3000系。”快速急行”と銘打っているが、京阪の場合どの列車も同じ運賃で乗れるので、待てば乗れるだろう。
「あ、テレビカーだ」
 京阪といえばテレビカー。車内のテレビはアナログかデジタルなのか気になったが、行き先が違うので乗って確認はできない。外観だけ撮る。なお、後に確認したところ、どうやらテレビはデジタル対応の物に置き換わっているらしい。
 次の車両が中之島行きであったが……”区間急行”の表示。あの車両ではないだろう。
「どうします?」
「……乗りましょう。 後の用事もつかえていますし」
 朝寝坊をした(?)ので、行動できる時間が1時間ほど短くなってしまっていたからである。

 旧型通勤列車の2400系が、中之島行きの列車であった。席が空いていたので、とりあえず座ってみたが、写真が撮りにくくてしょうがないので、結局ドアの横に立つことにした。
 途中、渡辺橋の駅で、3000系とすれ違う。もう少し早く動けていれば、乗れたかもしれない。少し残念な気になった。

 中之島駅までの所要時間は、10分ほど。構内には木の香りが漂っていた。
「何の列?」
 改札を抜ける前から、反対側に長い列が見えた。改札を抜け、その正体を確認する。
「乗車記念スタンプ。 今日だけ?」
 パンフレットも同じ場所で配られている。枚数限定だとすれば、もらわない手はない。ろろみは列に並び、桜も後を追った。
 10分後。中之島駅から地上へ出た二人のバッグには、スタンプの押されたパンフレットが、しっかり収められていた。*5

「ここ、来たことがあるんですよ」
 目の前のビルを見上げながら、ろろみはそう言った。
「会議場になぜ」
「同人誌の即売会があったので」
 そういうものもネタの一部として使っているのだろうか。中之島線の開業情報を仕入れてきたことといい、ろろみの情報収集力に感心する桜であった。

…………………………

 中之島には他の駅はない。そのまま同じ列車で戻っても良かったのだが、無駄が多いので歩くことにする。
 環状線の福島駅まで歩き、内回りの環状線に乗る。弁天町駅で列車を降りる。専用の出口から外へ出ると、目の前に本日最大の目的地があった。
「あ、電池切れた」
 桜のデジカメが電池切れになったので、交換してから横断歩道を渡る。*6

 交通科学博物館。東の鉄道博物館と並ぶ、日本最大級の鉄道関連の資料館である。なお、ろろみは鉄道博物館、さらには移転前の交通博物館にも、行ったことがある。
「旬な展示ね」
 特別展は『さよなら0系新幹線展「夢の超特急」の時代』。11月末で引退予定の0系新幹線を取り上げた特別展示である。すでにろろみの住む地方では、実際に動いているところを見られない車両でもある。*7
「時間が押してるんで入りましょう」
 ここですでに、12時前である。本来、10時半には着いている予定だったのだが。
 入場料をICOCAで支払い、中へ入る。
「どこいってもある……」
 特徴的なBGMの流れる、メダル刻印機。昨日の空中庭園にもあったのだが、ここにもあった。もちろん買う気はないので、先に進む。

「いきなりこんなものが……」
 リニアモーターカー実験機、『ML-500』。夢の鉄道としてもてはやされて早30年、この国ではあまり実用化されていない。やっと、東京〜大阪間をどのようなルートで通すか、具体案が出始めた頃である。
「これが高コストなのよね」
 磁力で走るリニアモーターカーの弱点は、地上設備にとにかくお金がかかることであろう。隙間なく電磁石を並べないといけないのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
「この一帯は高速鉄道の展示みたいね」
 横には現役で山陽新幹線を運行中の、各車両の模型が展示されていた。その横では、リニアモーターカーの仕組みも知ることができる。

 そして、その奧。
 『22-1』の表示がまぶしい、0系新幹線先頭車両。量産1号機であるその車両は、”機械遺産”としても指定されている。
 この車両の運転台には、自由に座ることができる。ちょうど昼時だったためか、比較的すんなりと運転台に座り、二人は運転のまねごとをすることができた。

「実際の新幹線がこんなシートだったらかなり嫌」
「ってか、身体支えられないです」
 本来客室部分であった場所は、『新幹線シアター』として使われている。非常に低いパイプが背もたれとなっている、3人掛けぐらいの座席が、びっしりと詰められている。
「まあ、実際に走る新幹線にも、3人+3人っていう首をかしげたくなる車両がありますけど」*8
 これはある意味、通勤電車のロングシートよりも横幅の余裕がないかもしれない……

「どこの駅なんでしょう」
 次のコーナーの奥には、明治時代の駅と思われるセットが、当時の蒸気機関車の展示と共に構築されていた。駅名票はない。
「名古屋と京都がほぼ同じ距離、米原が近くで次の表示が敦賀…………北陸本線、長浜駅といったところでしょうか」*9
 主要駅までの距離だけで、この駅がどこかを当ててしまう。『鉄子』ろろみ恐るべし、といったところである。実際、長浜駅の歴史は結構古かったりする。
 初代の大阪駅で実際に使われていた鐘を鳴らしてから、次のコーナーへ行く。

 鉄道開通から第二次大戦直後までの発展を示すコーナーが次である。
「あぁ、これがあの流線型」
 100km/hにも満たない速度で流線型がどれほど効果があるかは疑問だが、とにかく流行したのである。
「メンテナンス性は最悪でしょうね」
 ただカバーをかぶせただけの蒸気機関車である。桜が指摘するまでもなく、自明であろう。電車等にも存在したが、こちらは設計の段階からそれを考慮していたので、まあ普通に使えたに違いない。

 新幹線登場直前の東海道の花形列車、特急『こだま』。こちらも運転台に座ることができる。運転代が高いところにある以外は、通勤列車とほとんど変わらない。
「今時、特別料金を払わなくても乗れる列車と、同じスピードなのよね……」
 速度計は160km/hスケール。朝に大阪駅から乗った快速列車と同じであることに、隔世の感を覚える。

「全国の路線図」
 鉄道開業以来現在に至るまでの路線が示された、大きな日本地図。開業時期や第3セクターへの移管、廃線も示されている。
「桜さんの家の近くのもありますよ」
 最近廃線になった路線とともに、ずいぶん昔に廃線になった路線も示されている。今度廃線跡をたどる旅にでも出てみようかと思った、桜であった。*10

「よく見て」
 何のへんてつもないはずの、特急『富士』のヘッドマーク。しかしよく見ると、見慣れた『FUJI』ではなく、『HUJI』と書かれている。
「誤植? わざと?」
 『富士』は80年ほど前に日本で最初に特急列車に愛称がつけられた際、『櫻』とともに採用された名前である。そして実際に愛称がつけられ、機関車の先頭にヘッドマークとして掲げられたのが……『HUJI』であった。誤植の線が強いだろう。
「何気なく通りかかってたら見落としますね」
「ほんとに」

「引き出し式になってるんですね」
 さまざまな記念きっぷや、数十年前の乗車券。平面で管理するのはスペースの無駄だと判断したためか、横に引き出す形の額に納められていた。
「滅多に使わないですよね、オレンジカードなんて」
 もっとも記念きっぷとして用いられることの多かったカードであるが、今やきっぷはペーパーレスの時代である。
「あずさ2号は8時発でないと」
 15時24分甲府発のきっぷであった(笑)
「満州周遊券だって」
 グローバルなきっぷも存在する。現在の状況では、まず考えられない。

 もちろん、新幹線関連のきっぷもある。モデル線区での試乗きっぷや、現在の新幹線には存在しない『鴨宮駅』の入場券もある。
「今のを見慣れてると、なんか違和感感じますよね」
 そのモデル線区で走っていた新幹線の試作車両は、目が細かった。
「東北新幹線なのに色が青い」
 たぶん、緑に塗られることが決まっていなかった頃のものだろう。もっとも、今の東北新幹線で緑色をした車両なんて、見かけることが珍しいレア車両である。
「東京〜名古屋間はひかり号には乗車できません、って。 制約多いわね」
 博多までの開業以前は車両種別ではなく、到達時間で特急券の種別が決められていた。そのため、区間限定で乗車できない車両があった。今では考えられない制約である。

「そうそう、こういう連番とかゾロ目とか」
 額の一角に、該当の記念きっぷがまとめられていた。「777」「789」「888」「8910」「999」「11.1.1」「11.11.1」「11.11.11」と。
「…………999はSL描かなきゃダメでしょ」
 残念なことに、500系であった。
「次は22.2.22かしら」

 その近くには、きっぷ以外の新幹線に関する資料もまとめられていた。もっとも、この後に控える特別展の方が、よほど充実しているのだろうが。
「この辺の紙資料って、JR西日本の特別サイトで結構見られますよ」
「本当ですか?」
 桜の持ってきていたPCの壁紙となっていた、『夢の超特急ふたたび』のデータも、その特別サイトからダウンロードしてきたものである。
 実際その特別サイトでは、この後二人が見ることになる資料の多くが、閲覧できる状態になっていた。

「引継書、らしいですね」
 国鉄からJR各社へ鉄道業務を引き継ぐ際に用いられた引継書が、銅板として展示されていた。国鉄最後の制服とJR最初のそれが、背後に並んでいる。
「省庁だったころから百年以上、やってきていたんですからね……」
 引継書の内容は、重みを感じさせるものであった。その最後は、こう締められている。

『昭和六十二年三月三十一日二十四時零分 現在国鉄全線で事故発生の報告なし 日本国有鉄道は 全ての列車運行を無事故で確実に各会社に引き継ぎ ここに鉄道事業の役割を了える』

 …………縁起でもないが、事故が発生していたらどうしたのか、二人も考えてしまった。

「で、これってネタらしいですよ」
 その横に置かれていたのは、『国鉄発行の』『JR時刻表』であった。

「これ、自分でいじれるんだ」
 古そうな自動改札機と、その上のフラップ型案内板。近くに操作盤が置かれていたため、自分で好きな列車を表示させることができる。
「微風さん、なにされてるんですか?」
「…………秘密です」
 フラップが回り出す。…………特急『さくら』が表示された(笑)

 資料館の前半は歴史やハードウェアの説明に比重が置かれていたが、中盤は車内に関連する展示が多い。
「乗りたくても乗れないのよね」
 引き戸を開けると、大きなテーブルが据え付けられた、4人掛けの個室が現れた。
 山陽新幹線区間でのみ走行している、『ひかりレールスター』の8号車に設置されている、コンパートメント(個室)。昔の100系新幹線と違い、4人集まれば通常の指定席料金で利用することができるのだが…………どうせなら全区間通しで利用したくなる部屋である。館内は飲食禁止だが、飲食したくなる部屋である。
「並んで撮りますか」
 あいにく三脚は持ってきていなかったので、反対側のシートの上端にカメラを乗せ、反対側に二人で座る。10秒で間に合うかなと思ったが、なんとかなった。

「長距離の移動だと、中で食べたくなりますよね」
 駅弁や食堂車に関連する展示が、コンパートメントの横にあった。
「そうそう、年々豪華になっていくわけで」
 当初は弁当だけだったのだが、特急に愛称がつき始めた頃からは、長距離列車には食堂車が連結されるのが常となってきた。それが現在は、数えるほどしかない。
「だから今の食堂車って、これに近いメニューが出てくるんですね」
 80年前の食堂車のメニューが、再現されていた。ろろみの想像する食堂車のメニューとは、かけ離れていた。
 食堂車のサービス低下が、衰退の一つの理由であった。現在残っている食堂車において、黎明期のようなフルコース料理がほぼ例外なく提供されているのは、皮肉かもしれない。
「当時の服装ってこういうのだったんですね」
 二人の脳裏に、同時に『メイド食堂車』というネタが思い浮かんだ(笑)

 最初に見た0系新幹線は、4両連結された状態で展示されている。車内はツアーでの公開のみとなっているため、二人は見ることができなかった。本来はツアーに参加可能な時間にはここに来ているはずであったが、主にろろみの二度寝が原因で遅れてしまっていた(…………)
 反対側の先頭車両の前には、先ほどによく似た案内板がつり下げられていた。こちらは新幹線専用である。
「触れないんですね」
 先ほどのは自由に操作ができたのだが、こちらは操作盤がガラスで覆われているため、操作は不可能である。
「…………………………」
 落胆したような表情を見せたろろみを、桜は不思議に思い、理由を考えた。
「…………こだま663号が作れなかったから?」
 100%図星であった(笑)

 交通科学博物館は、道路を挟んだ場所に別棟の展示場がある。専用の歩道橋を渡り、そちらへ向かう。数台のディーゼル機関車と、実物の踏切、そして小さな展示場があった。
「これ、この前行きました」
 ろろみは先日、オーストリアに旅行していた。旅行がてら、次回作のアイデアとなるものも、旅の間で手に入れることができたかもしれない。
「見たけど乗ってませんけどね」
 世界の高速列車が、パネルと模型で紹介されていた。ろろみはあいにく、ほとんど乗る機会がなかったらしい。
「で、こちらのビデオで旅の疑似体験ができると」
 小さなシアターも、用意されていた。
「あのBGMが流れて、富○通が提供してそうですね」

 本館に戻ると、目の前に特別展の会場があった。11月末で営業運転から退く予定の、0系新幹線に関する特別展である。世界初の高速鉄道を走行する車両として誕生して以来44年、鉄道の一時代を築いたといっても過言ではない車両である。

「これまで見たことのない資料ばかり、並んでますね…………」
「よくもまあ、集めたものです」
 おそらく新幹線の資料がこれだけ一カ所に集められ、一般公開されることは、過去に例がないであろう。
 むろん0系以外の車両についても展示はあるのだが、あくまで脇役であった。
「だいたい男の子の家だと、こういうものは一つや二つはあるのよね」
 0系新幹線をモチーフにした様々な玩具。時代を感じるものから、先日発売されたものまで。
「桜さんの家にはあるんですか?」
「…………あるわね」
 男の子だった春美…………春年にも、もちろんそういうものは買っていた。男の子のおもちゃにあまり興味を示さなかった春年であったが、物は丁寧に扱う癖がついていたらしく、綺麗な状態で先日倉庫から発掘されてきた。
「まあ、まるで興味がないってわけじゃ、ないみたいだけどね」
 春美は時々、珍しい鉄道車両の写真を撮ってくる。撮影技術の向上が目的だとしても、被写体にそれを選ぶということは、多少なりとも興味があるということかもしれない。
「…………しかし、どれもこれも鼻が赤いですね」
 昔の新幹線は、鼻にあたる丸部分が透過光で光っていた。走行中に鳥とぶつかって破損するので、丈夫なパーツに交換されるとともに、光らなくなったのだが、玩具の世界では光っている姿が半ば当たり前だった。今の技術なら強度を保ったまま光らせることも、可能だろうが。

「あれ? さすがに主役だけあっていない」
 脇役の(笑)新幹線たちが並ぶ中に、0系はいなかった。
「他は全部いるみたい」
 これが全て一カ所で並んでいるのも、なかなかないだろう。
「引退の時、0系のような扱いをされる車両って、この中のどれなんでしょうね」
「…………………………」
 なさそうな気がした。

「これは…………博多開業当時のダイヤでしょうか」
 壁に掛けられた時刻表。駅の一覧や山陽区間のこだまが皆無に等しいことから、ろろみはそう判断した。
「山陽区間だとひかりって各駅停車になりますからね…………」*11
 特に終着駅近くになると、そうなってくることが多かった。
「にしても、今じゃ考えられない本数」
 東海道区間も、今よりずっとゆとりのあるダイヤであった。今はといえば、日中ずっと通勤ラッシュ並みである(笑)

「このシート、座ったことないんですよね」
 転換式クロスシート。開業当時の普通車(2等車)で使われていた物らしい。
「これで3時間…………まあ我慢できないことはないですけど」
 博多まで通しでとなると、少々我慢できない座席である。実際もそれと時を同じくして、リクライニングシートに変更されていったのだが…………3人掛けはスペースの都合で回転させられず、後ろ向きの席に5時間座らされた桜は、気分が悪くなったという。
「テーブルもありえないぐらい小さいですね」
 弁当は膝の上に置く必要があった。そして、灰皿がテーブルとともに肘掛けに組み込まれていることに、時代を感じた。

「ここのイメージとしては、この絵なんですけど」
 特別展を全て見終わり、屋外展示を見るために外へ移動したろろみは、階段の上を見上げながらそう言った。現にwikipediaでも、その場所の写真が使われている。
「この上ってなんなんでしょうね」
「確かホールだったはず」
 団体さんの時に使われるのだろうか。

 京都駅旧駅舎の上屋を用いた屋根の下に、屋外展示車両が並べられていた。駅名表は『きやうと』である。
 そこには各時代を代表する車両が種別を問わず並んでいるが、ほとんどのものは外観のみしか見ることができない。内部はこれまた、ツアー参加者限定らしい。
「ちょっと、残念ですね」
「後の予定もつかえてるし、仕方ないですけど」
 この後もまだ行く場所があったので、14時からのツアーはあきらめていたのだった。
「…………2枚窓って現存車がないそうですね」
 『湘南電車』、80系。未だにそのカラーリングはあちこちで引き継がれているが、一世を風靡した2枚窓の姿ではなかった。そちらの姿の方が有名なのだが、あいにくなことに現存車両はないらしい。東海道線のとある駅に、それを模したキオスクはあるらしいのだが。

 屋外展示場に停車していた、『スシ20』。初代ブルートレインに連結されていた食堂車である。休日は当時を思わせるレストランとして営業している。桜とろろみは、遅い昼食をここで取ることにした。
「ネタですよね」
「結構、美味しそうな匂いがしてるけど」
 ちなみに、店舗名はストレートに『食堂車』である。

「何にする?」
「……ポークカツ」
「カツカレーで。 フリードリンクいります?」
「あっ、じゃあそれも」
 そして話は、ふたりの食堂車エピソードへと発展した。ろろみ……もとい伸一郎は学生時代、旅行で何度か食堂車を利用している。一方の桜は、意外なことに一度もない。子供の頃、引率の先生が食堂車を利用していたのを、羨ましげに見ていたことはあるのだが。
「おまたせしました」
 現実の食堂車同様、出てくるのは早い。まあ、走行中の食堂車とは違い、少々凝った調理もできるのだろうが。

「しかしそれ、現実の食堂車じゃでてこないかも」
 ろろみの注文したポークカツランチには、ライスとスープがついてくる。
揺れる走行中の食堂車の中でスープを頂くのは、結構難しいのではないだろうか。
「実際、どうだったんでしょう。 器がもっと深かったとか」
 気になったので、展示してあった昔の食堂車メニューを、デジカメの再生モードで確認してみた。
「スープは……似たようなものね」
 今時の車両よりもっと激しく揺れるであろう昔の車両においても、スープの器はさほど深くなかった。プリンの器は目を疑うほど深かったが。

「何か買って帰られます?」
「…………この特急券だけほしい」
 桜が見たのは、『新幹線大集合色鉛筆』。東海道新幹線開業時の特急券(もちろん復刻版)が同封されている。しかし特急券は、この色鉛筆を買った場合のみ入手できるらしい。色鉛筆を買ってもどうせ使うことはないと思い、桜はあきらめた。博物館内の土産屋で売っている物は、たいてい他の場所でも売っていそうだったので、二人はそのまま博物館を後にした。
 後に新大阪駅で、同じ物と思われる色鉛筆を売っているのを目撃したため、予想は正しかったといえる。

…………………………

「JR2階、地下鉄3階だって」
 弁天町駅は、少々妙な構造になっていた。
「地下走らないのに地下鉄ってこれいかに」
 この区間だけの話ではあるが、疑問は疑問であった。
「まあ、家の近くには新幹線と在来線と道路と新交通システムが立体交差するところとかありますが」
 新幹線が一番上、道路が一番下である。在来線と新交通システムは駅を作って結節点にしようという動きもあるが、在来線の駅間距離が大都市の環状線並みになってしまうなどの理由から、実現の可能性は薄いらしい。

「で、どちら方向かわかります?」
「…………迷う心配はないみたい」
 地下鉄を乗り継ぎ、なんば駅を降りた二人は、お目当ての店に行こうとしたが…………そこら中に店の広告が貼り付けられていた。広告のある方向に歩いていけば見つかるだろう。
 そして、地下の一番奥にその店はあった。
「これだけ広いのは見たことがないわ…………」
 純粋なカメラ屋としては、ちょっと想像のつかない広さである。桜は職業柄、その店の陳列や価格を、昨日同様に確認していた。なおこの店、昨日桜が確認したのと同じチェーン店である。
「確か、日本で一番売り上げのいい店って、噂を聞いたんだけど」
 あれだけ派手に広告が打てるのだから、噂ではなく真実だとしても、それほど違和感はない。
「一応、中古も確認してみようかしら」
 さらに一番奥にあった中古コーナーも確認したが、桜が気になるようなものは存在しなかった。

「これ、使えますか?」
 桜に連れられて入った日本橋のとある店で、ろろみは大容量のSDカードを見つけた。1枚持っておくといろいろ使えそうということで、買おうと思ったのだが…………
「微風さんの機種ってXPですよね」
「はい」
「XPだと特殊なドライバ入れないと、PC内蔵のカードスロットではSDHCカードを認識しないわよ」
 ご存じの方も多いと思うが、4GB以上のSDカードは、SDHCという別規格となる。広島オフで梓が持ち出したSDカードは、4GBでありながらSDHC規格でないというイレギュラーなカードであったがため、ろろみの機種でも認識できた。桜の機種はVistaだったので、なんの問題もなく認識できる。
「試してから買うのが正解。 この8GBは持ってるから、後で試してみましょう。 店は近くにもありますよね?」
 ろろみの家の近くにも、さらに言えば桜の家の近くにも、チェーン店が存在する。どこでも買えるだろう。

 結局、日本橋で買う物はなかった。桜がジャンク市で少々興味を示していたのだが、持って帰るのも面倒である。
 なんば駅まで戻った後、地下鉄で新大阪に移動する。
「駅近くに金券ショップの一つや二つはありますよね」
 そういいながら、駅の外へ出る。

 …………30分後。
「ここまで見つからないとは思わなかったわ…………」
 二人は後悔していた。まさかこれだけ歩いても、見つからないとは。

 新大阪近辺はビジネス街である。金券ショップの需要はそこそこあるのだろうが、その性格上休日は休みとなる店が多かったのであった。

「自動販売機? …………東京行きがある」
 回数券の自動販売機。二人とも駅以外では見たことがなかった。
「2100円って表示されてる」
 すでにお金が入った状態である。あまりにも怪しい。…………案の定、札は入らなかった。
「…………壊れてる?」
 その通りであった。
 結局二人は、通常価格できっぷを買うことになった。40分以上もタイムロスしてしまい、足の疲労はピークに達していた。

 駅に戻って土産を購入した後、構内のカフェで足を休めることにした。
「たるとタルトのケーキセットお願いします」*12
 そして二人は、次の計画を話し合っていた。
「12月に東京行く予定があります。 イルミネーションでも撮り歩こうかなって思うんですけど」
「う〜ん…………オフが取れたら考えますね」
「一緒に行こうと思われているのでしたら、相当な距離を歩くことになるので、歩きやすい靴をおすすめします」
 やはりイルミネーション撮影のため、東京駅〜丸の内〜皇居前〜日比谷公園〜新橋〜汐留〜新橋 と、桜はカメラを提げたまま一人で歩き回った経験がある。地図で確認すると、直線距離での計測でさえ4km。おそらく道なりに歩けば、そして公園の中を撮影のために回っていることを考慮すれば、5km以上は確実に歩いているだろう。
「それは相当…………靴、探しておきます」
 ろろみは思った。中途半端な装備じゃついていけない、と。

 ちなみに、ろろみのPCではやはり、SDHCカードは認識できなかった。買わなくて正解である。

 新幹線の発車時刻が迫ってきたので、二人はカフェを後にし、新幹線のホームに向かっていた。
「夕食はどうされます?」
「車内でお弁当…………あ、そういえば0系引退記念の弁当売ってますよ」
「それ♪」
 二人の思考回路は、やはり似ていた(笑)
「でも、置いてないですね…………」
「…………………………あ」
「どうされました?」
「ここ…………JR東海」

 新大阪駅は、在来線はJR西日本の管轄だが、新幹線はJR東海の管轄となる。そして二人は、すでに新幹線改札を通過していた。引退記念の弁当は、JR西日本でしか販売していない。
 事情を説明して通してもらい、弁当…………『大阪弁vs博多弁』を買う。その店では、その日最後の2個であった。

 新大阪駅のホームに停車中の、東京行きのぞみ。ろろみがそれに乗ったのを確認し、桜はすぐに20番線へ移ることにした。
「ちょっと、さっさと20番線行っておきたいので」
「ここで待たれないんですか?」
「レールスター自由席の混み具合をなめちゃいけないと思います」
 ごめんなさいと言いながら、出発を見送ることなく二人は別れることとなった。
「……でも、今回ばかりは正解だった……」
 レールスター自由席の待ち行列は、予想よりも長くなっていた。何とか窓際の席を確保し、桜は落ち着くことができた。

「「博多の人ってどれだけ明太子が好きなのよ…………」」
 互いに反対方向に走る新幹線。それぞれの車両の中で、弁当のおかずリストを見た二人は、期せずして同じことをつぶやいていた……*13


*1 5月にも同じ店にきています。
*2 実は昭和の初期から存在する、由緒ある?地下道。
*3 少なくともトップ10には入っている。
*4 もちろん……?
*5 残り少なかったようです。
*6 前日のオフとあわせて、2日間で500枚以上撮影。電池が切れてもおかしくない。
*7 ろろみは広島オフで見ている。
*8 東北新幹線などを走る”MAX”車両の自由席。
*9 推理は完璧でした。
*10 2週間後、実際に旅してきました。
*11 十数年前まではそうでした。
*12 もちろん実際にはありません。
*13 博多のおかず6種のうち、4種が明太子がらみ。

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Last-modified: 2008-11-04 (火) 21:05:44 (5668d)