ママレード・ガールズ?

 オフレポ史上類を見ない大作?

・事実を元にしたフィクションです。
・一部キャラクターの設定が本来のものとは異なっている場合があります。
・参加者の代理出演者のキャスティングはこうけいの独断によるものです。
・代理出演者が同じキャラクターであっても、他の方々のレポートとは設定が異なっている場合があります。
・元ネタとの整合の都合上、レポートとしての忠実さよりも脚色を優先させた部分があります(特にろろみや桃李子の心情)。

登場人物(順不同、敬称略)

  • 今井京彦(きりか進ノ介さん代理)
  • 宮ノ森かなみ(K.伊藤さん代理)
  • 国津沙羅(天爛さん代理)
  • 各務ちひろ(某監査さん代理)
  • マリー(おもちばこさん代理)
  • 桜塚真理亜(MONDOさん代理)
  • 栗原梓(ほたるさん代理その1)
  • 北村春美(NPC(兼ほたるさん代理その2))
  • 微風ろろみ(こうけい代理その1)
  • 五条桃李子(NPC(兼こうけい代理その2))
  • 小出史枝(NPC(兼こうけい代理その3?))
  • 小出伸一郎(NPC(兼こうけい代理その4?))

[1220] 「広島へ… 旅は道連れ世は情け?」

 今は2月9日9時45分。場所は東京駅19番プラットフォーム。あたし、微風ろろみは、のぞみ179号の車内にいる。
 北村春美さんに逢って、話をしたい。それが今回の広島行きの目的だ。
 逢ったところで、望むような結果にはなるまい。覚悟はしている。とにかく逢わないことには、あたしの気持ちがおさまらないのだ。
 今あたしの目の前にあるノートパソコン「るっぴー」も、彼女から譲り受けた物。彼女との絆を確かめるように、あたしはるっぴーのキーをたたき続ける。
「北村さん、元気にしてるかな。ろろみともきっと逢ってくれるよね」
 隣からしきりに話しかけてくるのは、クラスメイトの小出史枝。あたしが広島に行くことを決めたとき、真っ先に「一緒に行こう」と言ってくれたことには感謝している。持つべきものは親友だと思った。
 けれども今は鬱陶しい。大舞台を前にして気持ちを落ち着けたい時だというのに、困ったものだ。
 もっとも、この子のそうしたキャラクターを承知の上で、あたしは親友をやっているのだが。

「あ、あの、微風ろろみさんでしょうか。私、宮ノ森かなみといいます」
 唐突に目の前に現れた女の子は、サイン会のときに見覚えがあった。喜びを全身に表してあたしの手を握ってくれた姿が、印象に残っていた。
 彼女には、実はプラナリアやナメクジ、ミミズといった生き物の遺伝子が織り込まれているのだという。しかし、可憐な姿からはそのような気配は全く感じられなかった。
「か、かなみちゃん、ですか?」
「今日、広島に行くんですよね。私も一緒に行きたいな」
「ん、いいよ。旅は道連れ世は情けっていうじゃん。あたし移動するから、ろろみの隣にすわってちょ」
「ちょ、ちょっと?」
「ありがとうございます。とてもうれしいです」
 当惑するあたしを置いて、史枝は勝手にかなみちゃんを迎え入れる。
 けれども、サイン会のときと同じかなみちゃんの笑顔を見ると、とても断ることはできなかった。
「……道中よろしくね、かなみちゃん。来てくれてありがとう」
 こういう言葉が出てしまうのが、ファン相手の商売をしている宿命というべきか。
 アニメ『ママレード・ボーイ』の秋月茗子さんのようには、なかなかいかないものだ。
『そろそろご乗車されたでしょうか』
 栗原梓さんからあたしのケータイにメールが入った。広島在住で、春美さんとも知り合いである梓さんには、今回の旅行ではいろいろとお世話になっている。
 あたしが梓さんに返信メールを打ち始めるのと同時に、列車は東京駅から動き出した。

「各務ちひろさんとマリーさん、7号車にいましたよ」
 新横浜を出てからしばらく席を外していたかなみちゃんが、戻ってくるなりそう一言。
「え? どうしてそのふたりが?」
「あたしたちに合流するんでしょ」
「小出さん大正解です。ろろみさんもあいさつに行ったらどうですか」
 史枝とふたりきりの旅行だったはずなのに。でも、善意で来てくれた各務さんたちに苦情を言うわけにはいかない。
 かなみちゃんに促されて、あたしはグリーン車3両を通り抜けて7号車へと向かった。
 各務ちひろさんは、外見は12歳であるが男子高生に変身することができる。というか、実は男子高生こそ彼女の本来の姿なのだが。
「おはようございます。私らは新横浜から乗りました」
「合流どうもです。お体のほう、お大事に」
 ちひろさんの外見には、数日前のとある出来事の痕跡がはっきり残されていた。
「マリーさんもおはようございます」
「どうも微風さん。二度目まして」
 マリーさんは、あたしとは昨年末の秋葉原オフ以来だ。金髪碧眼でスタイル抜群と、北欧人のような外見の女子高生だが、日本語しかしゃべれない。実は彼女、男の子がチェスのプレイ中に呪いを受けて変身した姿だという。人格も完全に変わってしまうので、性格はあくまで女の子である。
 意外なことに、中身は今回のオフ会参加者では最年少だったりする。

 さて、人数が増えたこと以外にも、当面気がかりなことがひとつある。
 今日の天候だ。予報によると、西のほうから雪雲が近づいてきているという。喫茶掲示板への今井くんの書き込みによると、大阪は朝から雪だそうだ。広島は大丈夫だろうか。
 浜松を過ぎたあたりから雪がちらつきはじめ、名古屋には定時で到着したものの「ここから先は徐行運転のため4分ほど遅れます」との車内放送。
 果たして名古屋を出た電車は速度を落として、関ヶ原では銀世界の中をのろのろと走る。
 8分遅れの京都あたりで、梓さんから喫茶掲示板に、広島は小雨だという書き込みがあった。どうやら目的地まで雪にはならなかったようだ。
「あーよかった。尾道の階段や坂が雪で凍結、なんてシャレじゃすまないもんね」
 近くで史枝がつぶやいている。尾道観光をする気なのか。
 TSっ娘であり、作家であるあたしにも、確かに尾道は興味深い町だ。見てまわりたいところは数多くある。
 けれども今回は、観光気分にはなれそうもない。史枝だってそれを承知であたしにつきあってくれたのではないか。
 ……いや、ここは前向きに考えよう。春美さんのことはひとまず棚に上げといて、今は旅仲間たちとの交流を優先させよう。

 岡山を出ると雪は止み、空は見る見る晴れ上がってくる。結局、のぞみ179号は7分遅れで広島に到着した。
 あたしが史枝、かなみちゃんと共に列車から降り、ちひろさんとマリーさんの姿を見つけ出すと、ふたりの隣にはもうひとり見知った顔が。
「ろろみさん、お久しぶりです。ボク、岡山からこの列車に乗ってました」
「あーっ、魔女っ子サーラちゃん!」
「違うよ、魔法少女の国津沙羅ちゃんだよ」
 史枝が失礼なことを言うので、あたしは訂正しようとしたのだが。
「ボクは魔法少女でもありません!」
 そうだった。魔法使いの元男性であることを誇りにしている――今は魔法は封印されていて使えないけれど――沙羅ちゃんは、少女とか子供とか言われると怒るのだ。外見ではマリーさんより若く見えるのだが。ごめんね沙羅ちゃん。
 とにかく、旅仲間がまたひとり増えた。


 2月9日朝、微風ろろみさんが行方不明になったとの連絡を受け、わたくしは保護者の小出伸一郎さんに電話で問い合わせました。受話器の向こうで沈黙したままの小出さん。わたくしは直感いたしました。微風さんの行き先は、春美さんのいらっしゃる広島だと。
 おっとり刀で東京駅に赴いたわたくしを、小出さんがプラットフォームで制止なさります。
「五条さん、広島に行くのはやめてくれ!」
「どうしてですの?」
「あんたが北村さんの彼女面してろろみちゃんの前に出てみろ、あの子がどんな心境になるかわかってるのか!?」
「わかっておりますからこそ、行かせていただきますわ」
 小出さんは何か誤解をされていらっしゃるのでしょう。
 北村春美さんとわたくしとは、確かに親しき仲ではありますけど、それにはフィクションですまない理由があるのです。
 小出さんとわたくしがにらみ合っているうちに、発車ベルが鳴りはじめます。乗らなくては。
「本気で行く気なのか?」
 わたくしの体が動くと、小出さんの手が伸びて、わたくしの腕をつかもうとします。
「あなたが実力で妨害なさるのでしたら、この場で悲鳴をあげさせていただきます」
 周囲の駅員や警備員の方々を横目で見ながら申しました。
 小出さんが怯んだ隙に、わたくしはさらりと列車に乗り込みます。
 すると小出さんは、わたくしを追うようにに飛び乗ってまいりました。
「それはつまり、俺も広島までついていくんなら問題ない、ということだな?」
「よくおわかりのようで」
 さすが小出さん、微風さんの保護者だけあります。女心の理解も十分ですわね。
 わたくしたちの背後で、列車の扉が閉まりました。
 数時間前に微風さんが辿ったであろうのと同じ線路の旅が始まろうとしています。

[1231] 「公園の二人 みんなの平和を願うから……」

(ろろみパート)
 かなみちゃん、ちひろさん、マリーさん、沙羅ちゃん、そして史枝とあたし。
 広島駅新幹線プラットフォームから一行がエスカレーターで下りると、栗原梓さんが待ち構えていたように出迎えてくれた。
 在来線を跨線橋で渡って、駅前の市電1系統乗り場へ向かう。ちひろさんやマリーさんたちが喜んでいる。路面電車に乗ることも今回の旅の目的のひとつに挙がっていたのだから。
 あたしにしても、(伸一郎の姿でだけど)昔一度広島に来たことがあるが、そのときには市電に乗ったことがないから、今回の初乗車が楽しみだった。
 梓さんの勧めもあって、最新型車両「グリーンムーバーmax」に乗り込んだ。低床のノンステップが大荷物持ちにはうれしい。話には聞いていたが、路面電車なのに5両編成である。一両の長さはごくごく短いんだけど、それでも編成全体の長さはほかの編成の倍以上。東京の都電荒川線をイメージしているとギャップに驚かされる。
「胡町です。次の八丁堀はすぐの到着です。八丁堀でお降りの方、ご支度ください」
 そんな車内放送と共に電車は胡町に停まって、発車して、間髪を入れず八丁堀に停まる。
 路面電車の電停間の距離は短いものだと承知していたつもりだが、今のは200メートルも走っていないのではないか。
 ふと、あたしはこの付近の地図を思い浮かべて言った。
「ここには2つの百貨店が固まっていて、それぞれの店に便利なように2つの電停がつくられているんでしょうか」
 すると梓さんが訂正してくれた。
「3つの百貨店です。この路線上では、広島駅から来る方向では胡町はA百貨店(少しずれるけど)、八丁堀はB百貨店が最寄り駅、広島駅へ向かう方向では八丁堀はC百貨店、胡町がA百貨店が最寄り駅」
 八丁堀電停は、方向が逆だと位置が大通りを挟んで正反対になっており、胡町電停との距離も最寄りの店も違ってくるのだ。百貨店間の客の取り合いが電停の位置をややこしくしたようにも思えた。
 とにかく、あたしたちは本通で降りる。市電の運賃は後払いだが、降りるときは梓さんの広電プリペイドカードを使い、6人分の運賃を立て替えてもらった。なおこのプリペイドカード、明後日の宮島でも活躍する。
「6人分って? 梓さんも入れたら7人でしょ?」
「史枝わかってる? あんたは本当はいないことになってるの」

 車の通行量の多い通りの真ん中に降りたので一瞬戸惑うが、すぐに歩行者用信号が青になったので横断歩道を渡る。大きなアーケード商店街から通じる横断歩道なので人通りも多い。
 ブックオフの入り口近くのエレベーターから上に上がる。このビルは2階より上が駐車場になっており、その2階にほたるさんの車が停めてあった。みんなの大きい荷物を車内に置かせてもらう。
 よく晴れた空の下、歩道橋で市電の路線を越える。橋の上は、さまざまな電車を撮影するにはもってこいの場所だ。あたしのみならず、みんながカメラを取り出している。
 「TS作家界って、なぜか鉄道ファンが多いんですよね」とちひろさんが言う。あたしも同意しないわけにはいかなかった。
 さっき乗ったのとは別のグリーンムーバーmaxが斜め下遠くから近づいてきたときには、動画撮影のスイッチを押した。
 そのほか興味を引いたのは、一部の車両にだけある「西陣」「桃山」などと書かれたヘッドマーク。梓さん曰く、「京都市電から来た車両にだけは、前に京都関連の愛称がついているんです」。確かに、歩道橋を下りてからよく見れば、車両の横に「京都市電」と書かれた小さなプレートがついている。
 そのほか、大阪市電から来た車両も見受けられた。梓さんの話によれば広島の市電は「動く市電の博物館」だそうで。
 一同はブックオフとは大通りをはさんで反対側のヴェローチェに入り、今井京彦くんの到着を待つことにした。店で腰を落ち着けようとした矢先に、ちひろさんの携帯が鳴る。
「ただいま、今井さんが広島駅に着きました。タクシーでこちらに向かわれるそうです」
 もうすぐ合流かと一同は色めき立つ。しかしその十数分後、ちひろさんの携帯がもう一度鳴った。
「今井さんの乗ったタクシーが道を間違えたそうです。今から引き返しますからもう数分お待ちくださいとのことです」
 タクシーが道を間違えるなんて。席にいた一同が苦笑した。
 とにかく今井くんが店の前に着いたところで、店を出る。
 彼は一見すると、食欲旺盛そうな顔をしている恰幅のいい少年。しかし、女性の持ち物に触れると女性化してしまう特異体質なので、気をつけないといけない。
「お待たせしました。平和記念資料館は閉館が早いから急ぎましょう」
 今井くんが、あいさつもそこそこにあたしたちを急かす。
 今日はこれから、平和記念公園に行って資料館を見ることになっているのだ。今の時刻がだいたい15時30分、資料館の閉館が17時ちょうど。今すぐ行っても、館内をじっくり見ることは難しいくらいだ。

 春美さんと逢って話をするという、あたしの本来の目的は、どこかに置き去りにされたかのようであった。
 けれども今は構わなかった。せっかくの旅行なのだから、みんなと一緒に見られるところを見て、楽しめるものを楽しもう。明後日までの滞在のうちに、春美さんと逢う機会がまだあると信じて。
「シンちゃんに連絡入れといた。ろろみは今日は北村さんと逢わないって」
 史枝がシンにメールを打ってくれていた。


(桃李子パート)
 東京を発って間もなく雪が降ってまいりました。新幹線も途中から徐行運転になります。
「史枝ちゃんからメールだ。ろろみちゃんは、今日は北村さんとは逢わないらしい」と小出さん。
 春美さんと微風さんが今日は逢わないと聞きますと、わたくしたちも急いで広島まで行く理由はなくなりました。
 列車はちょうど京都に到着するところです。車内放送によりますと、十数分遅れとのことでした。

「雪で新幹線が遅れて京都で足踏みか」
「まるで『マリア様がみてる』の二条乃梨子さんみたいですわ」
「俺たちはリリアン女学園に入学する羽目になるのか」
「あっ、わたくしと二条さんの名前が似ているのは偶然の一致ですからね」」
「そんなことはどうでもいいよ」

 ともかく、小出伸一郎さんとわたくしは清水寺へと向かっております。
「まさか、こんなお嬢さんとふたりで雪の京都をまわるとは思わなかったぜ」
「わたくしもですわ。こんな男の方と」
「本当だな。男嫌いの五条さんがどうした風の吹き回しか」
「わたくしも不思議ですの。男嫌いで鳴らしておりましたのに、最近は心情が変わってまいりまして」
 それというのも、春美さんたちとの交流のおかげかもしれません。
「ところで、この坂は五条坂と申します。案内板に書いてありましたでしょう」
「俺は見てなかった……わっ!」
「危ないですわね、足元にはお気をつけくださいな」
「こっちの坂は産寧坂か」
「またの名前を三年坂と申します。今日は雪で転びやすそうですけど、くれぐれもお転びにならないように」
「転んだら……三年間体が入れ替わっちまうのか?」
「それはございませんけど、転ばれた方は、三年後までにお亡くなりになるといわれております」
「ちょっと待て! 俺はまだ死にたくない!」
「大丈夫ですわ。転ばれても、瓢箪のお守りを買えば助かるといわれております」
 結局、小出さんもわたくしもお守りを買う羽目にはならずに済みました。

 清水の舞台から、古都の街並みが見渡せます。
 かつてこの辺りの街中を走っていた元京都市電の車両に、今頃は微風さんたちがお乗りになっているのかもしれません。
「ろろみちゃんが乗りたがるのはグリーンムーバーmaxのほうだと思うぞ。俺もだけどな」
 風情がないお人ですこと。


(ろろみパート)
「くしゅん!」
「ろろみ、大丈夫?」
「うん。川のそばに出たから、冷たい風が当たっただけ」

 車をタワーパーキングに移した梓さんを待ってから、あたしたち一行は元安川を渡り、15時45分、平和記念資料館に到着した。
「入る前には、『覚悟』が必要」「出た後は、夕食が食べられなくなるかもしれない」
 案内人の梓さんからそう聞かされたので、雑念を排除して館内へと入っていく。
 あたしも、機会があれば見てみたいと思い続けていた場所。さまざまな本や映像で知識をつけてはいた。
 けれど、あらためて展示品を次々と見せ付けられると、もう絶句するしかない。特に、渡り廊下を渡ったあとの後半部。
 近くにいたちひろさんやマリーさんたちも、いつしか言葉を失っていたようだった。
 「閉館○分前です」のアナウンスに背中を押されながらも、重い足取りで展示コーナーを出ると、通路の開放された壁越しに外が見えた。
 日はすっかり西に傾いているものの、同じ時間の東京とは違ってまだ空は明るい。
 その下に佇む、慰霊碑と原爆ドーム。
 絵になっていた。
 静かに、しかしどこまでも力強く、展示館のどの展示品よりも雄弁に、あたしに訴えかける絵になっていた。
 この絵を記憶だけにとどめたくないという思いで、遠景から二回ほどシャッターを切った。
 展示館の建物から出て、慰霊碑の前に近づいたところでもう一回。

 隣にいた梓さんは、資料館に入って以来シャッターを切っていない。それどころか、首からカメラを提げてすらいない。
 そのことについて梓さんに尋ねると、平和だからこそできるイベントのとき以外は、ここではカメラのレンズを向けないようにしているのだという。
 やっぱり、と思った。あたしは不謹慎なことをしたのかもしれない。
 どの展示品よりも、梓さんの面持ちから、あたしはあの日の出来事の悲惨さを思い知らされたのである。
 梓さんは「人によるから気にしないで」と言ってくれた。けれど、彼女に失礼をしたことに変わりはない。
 この絵を保存するところは、記憶の中だけにしよう。そう思いなおした。
 絶えることなく燃え続ける平和の灯、保存建物であるレストハウス、そして世界遺産の原爆ドームを間近に見る。けれども、あたしももうカメラのシャッターを押さなかった。
 あたし以上に写真を撮っていた史枝も、静かになっていた。

 次にあたしがシャッターを押したのは、資料館を出て約30分後、広島市民球場の前。ここはもうすぐ取り壊されて、別な場所に新しい球場ができるらしい。
 細いけれども人通りの多い路地に入ると「『T’sCafe』ですよ」と梓さん。言われれば、そういう名前のカフェが目に入る。「T’s」はあたしや梓さんには敏感になる言葉だ。あたしはさっそく、このカフェの店頭で店の名前を入れて写真を撮ってみる。
「なあんだ、競馬カフェじゃん」
 史枝のさりげないネタばらしに、あたしは少しやる気を失くす。Tは「ターフ」の頭文字のようだ。
 近くに金券ショップがあり、梓さんが明日のために尾道までのJR回数券を買っていた。
「通りの表にチケットを展示しているあたり、東京のショップよりも堂々としてるよね」
「東京だったら、店内に入らないとチケットは見えない」
 かなみちゃんやちひろさんたちがそんな話題を出していた。
「少なくとも、通りの表で会計ができるあたりは東京と違う」
 あたしもそう付け加えておいた。
 県民文化センターの前を通る。あたしが昔、伸一郎として一度広島に来たというのは、ここにライブを観に来たのである。昔の建物が健在なので、ちょっぴり懐かしかった。
 それから本通のアーケード商店街を歩く。ちひろさんは相変わらず、いいカバン屋を求めてキョロキョロ。
 商店街の行き止まりのパルコの手前を右に曲がり、前衛的な建物群の間を通り抜ける。
「これ、公共自転車駐車場と公衆トイレなのよね。デザインの評判は悪いけど」と梓さん。
 そこが、お好み焼屋さんの集結する一帯だった。
「『お好み村』と『お好み共和国』のビルの間に『村長の店』か」
 キャッチフレーズはお好み村が「伝統の味」で、お好み共和国が「新しい味」らしい。無難そうだから、かどうかはわからないが、あたしたちはお好み村を選ぶ。
 お好み村のビルの入り口には「『村長の店』はお好み村とは関係ありません。『村長の店』ではお好み村のクーポンは使えません」とわざわざ張り紙が。村長の店はお好み村から脱退した人がやっている店にちがいない、と勝手に想像してみる。
「昨年12月のとき考えていたパックツアーに付属していた無料クーポンは『お好み共和国』のほうの利用チケットなんだけど(苦笑)」
 史枝が後ろで何か言っているけど、過ぎたことはしようがない。参考までに、「共和国」のほうは「ひろしま村お好み共和国」が正式名称だそうで、結局はいずこも「村」なのである。
 さて「お好み村」のほうに入ったあたしたちは、2〜4F全部をまわった末、梓さんが心に決めていたという2Fの八昌に、沙羅ちゃんマリーさんとご一緒する。時刻はおよそ1820ごろ。
 この店は、追加で卵、ネギ、牡蠣などいろいろとトッピングができる。わたしはトッピングはしなかったものの、エビとイカ入りを頼んだ。
 初めて食べるあたしに、お店の人がお好み焼の上手な切り方を教えてくれた。へらを、上から勢いをつけて縦に振り下ろすのがコツ。勢いが弱いと、中の焼きそばがはみ出てしまうのである。
 頼めばお皿に盛ってもくれるのだが、あたしは鉄板から鉄製のへらですくって食べた。熱かったけれども、だからこそおいしかった。
 1910ごろ、あたしたちが食べ終わってビルの外に出ると、今井君からケータイに留守電が入っていた。今井君とかなみちゃんは2つめの店(「村長の店」)で食べ終えていて、「隣のヤマダ電器で待ってます」とのこと。今井君は予想通りだったが、かなみちゃんがこんなに食べるなんて初耳だった。虫の遺伝子のなせる業なのだろうか。
# このあたりのレポートは、今井君(=九条京香さん)の[1210]『水軍編』も参考にしてください。

 全員が集合した後、あたしは今井君、かなみちゃん、ちひろさんと共にタクシーでお先にホテルへと向かう。
 運転手さんに、お好み村で八昌に行ったと言ったら、運転手さん曰く、八昌は100m並ぶこともあるという。あたしたちは2mしか並ばずにすんだけれど、それは微妙に早い時間に行ったからかもしれない。あたしらが出たころには、100mはともかく、エレベーターホール前まで10mは列が伸びていたのだから。
 ホテルは「グランドプリンスホテル広島」。一行が集合できる広さがあって、あたしや梓さんのような人にも都合のよいファミリールームがあることと、宮島へ海路で直行できることで、梓さんが予てから推奨していたホテルだ。
 市街地からはバスの本数が少ないので、車を使わないと行きにくいのが難点だが、梓さんの車がその難点をある程度解消してくれる。
 このホテルが使える新幹線フリーパックツアーを探して予約するにあたっては、あたしと史枝がひと苦労したけれど、それも済んでしまえばいい思い出だ。

 青のLEDでライトアップされた車止めでタクシーを降り、チェックインはまだせずに吹き抜けのロビーでたむろする。このロビーは真ん中に大きな池があり、縁から池の真ん中の壇に向けて通路が一本。どうやらここが結婚式場に使われるらしい。
 2000過ぎ、ちひろさんが沙羅ちゃんに電話を入れると、「ただいま到着」との返答があった。外に出て屋外駐車場に行ってみると、マリーさん、沙羅ちゃん、史枝が梓さんの車で到着していた。
「梓さんの車は4人乗り……あたしも乗ったということで筋が通るじゃん」
「そういうこと。ほんとに乗ったのは3人なんだけど」

 ファミリールームを予約している梓さんと、フリーパックのツインルーム2部屋の予約券を持っているあたし――史枝とふたりきりの旅行の予定だったのにどうして2部屋あるのか、それは大人数になることを予想した史枝が手配してくれたからである――が、フロントでチェックインを済ませる。梓さんがあらかじめ申し出ていたおかげで、3つの部屋は近場になっていた。
「ファミリールームが1200、残りの2部屋が1202と1203」
「1201が飛んでいるのが謎ですね」
 その謎は、翌日解決することとなる。

 エレベーターで12階に上がり、まずは全員でファミリールームに入って部屋決め。
「ここは“配慮部屋”になってますので、私とろろみさんが寝るということでよろしいでしょうか」
「あたしもできればそれでお願いします」
 ファミリールームは、洗面台とお手洗いが浴槽とは独立しているのが、梓さんやあたしのような事情持ちには好都合なのだ。
 また、ソファーベッドで4人まで泊まることができる。
「わかりました。掲示板で予想したとおりになりましたね」と、ちひろさんの声。
「では残りの部屋割りはどうやって」
「このカードを引いて決めましょう」
 マリーさんが、持参してきていたUNOのカードを取り出した。
「まさか、カードを引くとTSしたりはしないでしょうね」
「チェスじゃないから大丈夫」
 結局、沙羅ちゃんと史枝が、あたしたちと共にファミリールームに泊まることになった。ほかの人たちは各自の部屋に一旦荷物を置く。かなみちゃんや今井君たちは、ホテルの一階にある売店に今夜の集会のための買出しに向かった。
 ようやく落ち着いた梓さんが荷物の中から取り出した袋の中には、ハローキティのストラップ多数。
 梓さんは、日本各地の地域限定ハローキティストラップを集めるのが趣味なのである。名古屋オフのときにもしっかり、シャチホコを被ったキティちゃんを買っていた。
 あたしが以前にプレゼントした、松島ストラップもある。
 そしてあたしは今回も、新たなキティちゃんを梓さんに渡す。
「これは、伊豆ですね」
「一月に旅行に行ってきまして。伊豆の踊り子です」
 キティちゃんは若向けの女物の和服姿。
「ありがとう。ところでこれ、北村さんに渡す予定だったとか?」
「まさか。はじめから梓さんにですよ。今回の旅行の手配、ありがとうございます」
 紛れもなくあたしの本心だった。
 やがて今井君たちが戻ってきて、ファミリールームは宴会モードに入る。

 あたしは荷物から、「北村カメラ店 新春初売福袋 はるちゃんセット」と書かれた紙の貼られた紙袋を取り出して、みんなに見せた。
「これが噂の『はるちゃんセット』!?」
 『T’s☆Heart』の番外編エピソードに登場する、春美さんの名前を冠した福袋。あたしはそれを再現してみたのだった。
「中身もちゃんとありますよ」
 袋の中に入っているのは、あたしが持ってきたFinePixZ5fdの包装箱、別売りの純正ケース(Z5と同色)の台紙、xDカードの台紙。そして、商品内訳を書いた紙。
「中身のほうは、ろろみさんが今使っている物?」
「そういうこと」
 春美さんへの想いをこめて、福袋の内容物を、可能な限り忠実に再現してみせたのであった。
 商品内訳を書いた紙には、五条さんのイラストが入っている。
 イラストの五条さんが怒り顔なところに、あたしの本音が出てしまったような気がする。

「さあさあ、芋焼酎ありますよ」
「沙羅ちゃんは塩大福か」
 買ってきた飲み物食べ物のお披露目大会。あたしは東京駅で買った「東京カンパネラ」を出す。
 下の売店で買ってきたらしいご当地キャラメルは「平和戦隊ヒロシマン」。
「謎の大怪獣『カキラ』のほうが平和をもたらしているって妙ね」とだれかがつっこむ。
 それと同時にノートパソコンお披露目大会。あたしのLOOX-Pは広島に里帰りということになる。
 AirEDGEにはしっかりつながる。
「インディーさんの誕生日、間違ってましたよ」
 ブルーコスモス掲示板にアクセスしただれかが、そうつぶやいた。
 掲示板の書き込み[1178]で、インディー君は自分の誕生日を2月8日と思いこんでいた。しかし実際は2月7日だったと、インディー君当人が[1189]で訂正していたのである。
 なお、インディー君は明日の夜、電話でこのオフに参加予定である。
「もとは私の勘違いね」
 マリーさんがつぶやいた。([1176]参照)

 明日の尾道行きの予習にと、あたしはLOOX-Pで映画『転校生』の主要場面を上映した。出発前日の27時(つまり当日午前3時)までかけて、レーザーディスクから動画データをキャプチャリングしていたのだった。
 続いて、明後日に行く宮島が舞台になったアニメ『ママレード・ボーイ』の上映会。
 このアニメの中では潮がやや引いていて、大鳥居の近くまで歩いていけるのだが、残念ながらあたしたちの行く時間は満潮のようである。
「今回のあたしの旅行目的、本当ならこのアニメの秋月茗子さんと……」
「それは今はおいとく」史枝に釘をさされてしまった。
 梓さんが規格外の大容量(4G)SDカードを出してきたので一同が驚いた。今井君のパナソニックのパソコンのSDカードスロットに挿してみたが、認識しなかった。
「規格外品は認識しないなんて、さすが開発元だ」と苦笑の声。
 ここで、梓さんが所用のために一旦外出する。
 マリーさん持参のUNOでみんなで遊ぶ。「UNO」宣言を忘れる人が多いのが興味深かった。
 なお、このときのUNO体験から、「TSカードゲームをつくろう」という話題が、今井君や沙羅ちゃん中心に盛り上がっていったのは、また別の話である。
 梓さんが戻ってきてしばらくしたところで、今日の宴会はお開き。
 明日は0750にロビーに集合して、バスで広島駅まで出ると決めてから、各自部屋に戻って就寝タイム。

「沙羅ちゃんが寝てますね」
「よく寝てるからいること忘れそう」
「あとひとりはどうされました?」
「NPCは無視ですよ」


(桃李子パート)

 わたくしと小出伸一郎さんは、微風さんたちがお泊りのホテルのお部屋を確保いたしました。
「結局、広島ではなにも見られなかったな」
「日暮れ過ぎに着いたんですから、仕方ありませんわ」
「パックよりは高いけど、部屋がとれてよかったよ」
「小出さんと同室というのも仕方ありませんけど……寝るときにはわたくしから極力離れていただきますわ」
「だからってベッドの間隔、目一杯離すことはないんじゃ?」

 同じホテルに泊まったものの、今日は微風さんご一行と出逢うことはございませんでした。

[1255] 「尾道放浪記 列車が見えた 列車が見える」

(ろろみパート)
「おはようございまーす」
 あたしは、だれかの呼びかける声で目が覚めた。
 ばっと起き上がると、隣のベッドの梓さんが、自分のケータイを手に持って笑っていた。さっきの声はこのケータイに収録されていたものなのである。
「おはようございます。まるで『カー○キャ○ターさ○ら』みたいな目覚ましボイスでしたね。もしかしたら、どこかからダウンロードしたとか?」
 あたしが言うと、梓さんはにっこり笑いながらケータイを操作する。
「汝のあるべき姿に戻れっ!」
 まさに『さ○ら』の名セリフ。そして同時にわかった。少し声色はつくってあったが、まぎれもなく梓さん自身の声だということを。
 奥のベッドにいた沙羅ちゃんと史枝も、もそもそと目を覚ます。

 それからあたしたちふたりはベッドに腰掛けて、自分たちの作品の今後の展開構想についてあれこれと話に花を咲かせていた。
「そろそろ時間ですよ」
 沙羅ちゃんが梓さんとあたしに声をかける。
 はっとした。時刻は7時40分。今日は7時50分にホテルのロビーに集合して、8時4分発のバスで広島駅に向かう予定になっているのだ。
 楽しい語らいをしていると、時間は早く流れるものなのか。
 史枝がいらついた顔でこちらを見ている。
「どうしよう。今からお化粧してたんじゃ、間に合わない」
「とっとと出ようよ」
「史枝にはわからないでしょうけど、アイドル作家っていうのは身だしなみ整える時間も必要なのよ」
「ろろみさん、私の車で尾道まで行きませんか」
「あっ、すみませんね梓さん、よろしくお願いします」
「ボクは史枝さんと先に行ってますね」
「どうぞお先に。今井君たちには、ごめんなさい、都合で梓さんの車で行くから先に行っててくださいって伝えてください」
 沙羅ちゃんと史枝が出て行ってから、あたしと梓さんはできるだけ早く身支度をすませ、駐車場に出て、昨夜見た梓さんの車に乗る。
 梓さんの概算によると、8時20分くらいにホテルを出れば電車組と同じくらいの時間に尾道に着くはずとのこと。
 あたしは梓さんに頼まれて、ちひろさんにケータイでメールを出し、電車組が予定通り9時23分発の電車で広島駅を出ることを確認する。
「その電車でしたら、こちらは同じかもう少し早く尾道に着けると思います」
 ナビを操作しながら、梓さんが言っていた。

 車での道中では、梓さんの身の上話を興味深く聞いた。
 春美さんの話も身につまされるものだったが、梓さんの事情も他人事とは思えない。
 運転席と助手席の距離よりも、梓さんとあたしの距離は近づいたように感じた。

 道は途中、山陽本線と並走する。瀬野では急な坂を上るモノレール「スカイレール」を車窓から写真に収めた。鉄道ファンには有名な急勾配「セノハチ越え」を途中まで見てから、車は山陽自動車道へと合流する。
「間もなく1番線に、上り電車が参ります」
 10時43分、JR尾道駅。改札の外から、梓さんとあたしのカメラが今井君たちの乗った電車の入線をとらえた。
「どうも、朝は遅れてすみませんでした」
「いえいえ、お気になさらず」
 みんなと合流して駅を出ようとすると、観光協会の人が絵入りのマップを配っていたので受け取る。
 なお、映画『転校生』にも尾道駅(JRではなく国鉄)は出てくるが、今は改築されているので当時の面影はない。
 度々通過する列車を横目に見ながら表通り(国道2号線)を歩く。
「すごーい、歩道に有名人の足型プレートじゃん」
「尾道といえばまずはこの人ね。『大林宣彦 映画監督』名前と肩書きが書かれてます」
「『花田勝治 二子山親方』あれ? どこかヘンじゃ?」とちひろさん。
「足型をとった1992年当時は、二子山親方は初代若乃花の花田勝治さんだから正しいんじゃ?」
「いや、そうじゃなくて、『二子山親方』って肩書きなの?」
「なるほど。『二子山勝治 大相撲親方』でいいじゃないか、ってことね」
「でも年寄りは襲名制でどんどん名前が変わるから、『二子山親方』が職業でもいいんじゃないの」
 途中、林芙美子の像が見えた。
 (数歩引き返して)像が見える。
 文学から見る尾道の街もおもしろい。
「ネタばらししますと、『放浪記』書き出し部のパロディです」
 土堂小学校入口あたりで、線路脇の陸橋へ向かうスロープを上がってみる。思った以上の急坂だった。
「『転校生』では一美の体の一夫が自転車で上がったのよね」
「小林聡美さんは天晴れね」

「桜塚真理亜さんから連絡入りました」
 陸橋から表通りに戻ったところで、今井君の声。今日からオフ会に合流する真理亜さんが、尾道駅に到着したとの連絡だ。
 真理亜さんを出迎えて荷物を梓さんの車のトランクに入れるため、今井君と梓さんが一旦駅まで戻ることに。
 あたしたちは少し歩いて、信行寺入口の踏み切りで待つことにした。
「映画だと、入れ替わった直後の一美の体の一夫がここで列車の通過を待っている間に、画面が白黒からカラーに変わります」
 旅客電車も通るけど、やっぱりここの写真は貨物列車の通過時に撮りたい。
 ここで真理亜さんたちを待てば、同時にシャッターチャンスを待つことにもなるので好都合なのである。
 階段や列車の写真を撮っているうちに、桜塚真理亜さんが現れた。
「どうもどうも、お久しぶりです」
 真理亜さんは、男口調の語尾に「ですっ!」をつけてしゃべることが多いらしい。けれども今日は至って普通の口調だ。
「いい物持ってきました。夜の宴会のときにお見せしましょう」
 彼女は見かけによらず(?)、ロボットアニメや特撮ネタを語りだしたら止まらない。そればかりではなく、電動ロボットの組み立てという渋い趣味もある。
 “いい物”とは、現在製作途中の電動ロボットのこと。もっとも、慎重に扱わなければならない精密機器なので、今は梓さんの車の中だが。
「緑とオレンジの国鉄色電車ですよ。まさに『転校生』と同じですね」
 梓さんは遅ればせながらとばかりに、問題の踏み切りで通過列車を撮っている。
「私のカメラだと、動画撮影中に白黒からカラーに切り替えることができますよ」
 あたしも動画で通過列車を撮ったけど、梓さんにはかなわないと思った。

 ここから商店街を横断して海岸通りに出る。
「あっ、マリーさんが青信号渡り損ねた」
「偉いですね、赤では渡らず、直交方向の信号を渡ってます」
「結局は遠回りになるんですけど」
 日本一短い渡し舟の接岸を見てから、レトロな電話ボックスを見る。
「中身はISDNのグレ電です」
「どうせなら青のダイヤル電話だったらよかったのに」
「おのみち映画資料館がありますよ」
「今日はパスしましょう。別の資料館(29musee)に行くから」
 12時ごろ、「宇宙一おいしいラーメン」という看板のある店「フレンド」へに入る。
「ろろみは店の名前うろ覚えしてて、レポートを書くときにもなぜか『ひまわり』だと思い込んでたんだって」
「もう史枝ったらぁ、それはいいから」
 並ばずに全員が入店できた。真理亜さん、梓さん、あたしがカウンター、あとの人たちはテーブル席。あたしはチャーシュー麺を食べた。麺が細いのが印象に残った。
「昔からの尾道の人は、尾道ラーメンを中華そばと呼んでいるそうですよ」と梓さん。
「わかります。スープが素朴な味で、ラーメンというより昔ながらの中華そばって感じ」
 12時30分ごろ店を出る。この辺りの道端には猫も多い。ブーツを履いたあたしの足にも、一匹まとわりついてくる。写真を撮ってやった。
 そこから海岸通りを歩いていくと。
「あれ、(『転校生』の)一夫の家じゃ?」
「間違いないです。ポスターはないけど」
「あのときの家がそのまま残ってるってすごい。今も人が住んでるし」
 この一夫の家は、長野版『転校生』のラストのほうでも登場したはずだ。
 そこから一旦表通りに出て、また細い路地に入る。
「道端に井戸がありますよ」
「すごい、きちんと水が出る。今も使っているのね」
「ここは酢をつくっている蔵ですよ」
「酢がつくれるくらいだから、地酒もあるんでしょうね」
 やがて商店街へと入っていく。
「ここのラーメン屋さん、すごい列ですよ」
「こっちも長い列。20メートル以上あるかな」
「大きな通りに面した有名店だから混むんですよ」
 確かに、この2店はあたしの持っている尾道ガイドマップにも載っている有名店だ。さっきの「フレンド」は載ってない(苦笑)。だからこそすぐに入れたのだろうけど。

 さて、ガイドマップに載っているのに見つからないのが、マリーさんおすすめの資料館「29musee」。地図の該当するあたりを見ても、そんな建物はない。
 仕方がないので、アーケードの通りから脇道に入ってみると、ブティックかレストランのようにも見えるこじんまりとした建物の入口に、ワープロ打ちの張り紙でさりげなく「29musee」とあった。
「ここまで目立たないなんて、やるわねえ」
「『躾のなっていないお客様の入場はお断りします』って張り紙が意味深よ」
「大声で騒ぐとか、展示品を壊すとかした人がいたんでしょ」
 いずれにしろ、かなりこだわりの強い資料館にちがいない。
 まず玄関から入ったところのロビーには、尾道を舞台にした映画や、大林作品の資料が山積みになっていた。
「段ボール製の尾道のジオラマ、味がありますね」
「新旧『転校生』のパンフが並べて置いてあった」
 あたしが予習用資料として持ってきた、大林映画の資料本(尾道三部作の全シナリオが収録されている)も置いてあった。思わず自分のをカバンから出して、見比べてしまう。
「尾道映画についての、地元新聞の連載記事のスクラップもあります」
 あたしはその記事をしっかり写真に撮っておいた。
 この資料館は、元本陣の建物を流用している。かなみちゃんやちひろさんは、部屋の中心にある変わった配置の畳をはがして「トイレじゃないの」とか言ってみたり。
「『躾のなっていないお客様』って言われなきゃいいんだけど」と、ぼやくあたし。
 和室ながらも、ヨーロッパアンティークの集められた部屋があったり、英語の絵本がずらりと並んだ部屋があったり。個人のコレクションを展示品にしたように見えた。
 上の階に行くには、勾配が60度以上ありそうな急な階段を上らないといけない。
「名古屋オフのときの、リトルワールドのインドの家よりも急かしら」
 あのときはスカート姿のあたしと梓さんは階段を上がるのを遠慮したのだが。
「今回もスカートだけど、せっかくだから上がってみる」
 上の部屋には、所狭しと並べられた招き猫のコレクション。
 あたしには、千円札でぐるぐる巻きにされたような招き猫が印象に残った。
 夏目漱石だったけど。


(桃李子パート)
 今朝は微風さんたちの動向の情報がつかめなかったもので、せっかくですから休んでおきましょうと、わたくしと小出さんは10時ごろまで寝ておりました。
「史枝ちゃんも薄情だよな。今朝は俺にメールもくれないときた」
「わたくしを微風さんに逢わせたくないのでございましょう」
「ともかく、よく寝たぜ」

 それからわたくしは、春美さんを電話で呼び出して広島駅で合流しました。
 春美さんにわたくしや微風さんたちの詳しい事情をお告げしますと、春美さんは少し驚いたもののすぐに落ち着かれて、「あたしも、ろろみさんに逢わなくちゃね」と一言。
 あとは、いつものような身の上話が続きます。小出さんはそっちのけでふたりで話し込んでおりますうちに……。
「おい、もう12時だぞ。やっと史枝ちゃんからメールが来た」
 微風さんと栗原梓さんも今朝は似たような状況だったそうですが、そのときのわたくしは存じるはずもございません。
「なになに……今、尾道にいるって!?」
「あたしたちも行きましょう」
「急ぎましょう。新幹線で参りますわ」
 首尾よく入線したこだまに乗ったわたくしたちは、十数分後に新尾道駅に着き、そこからタクシーで尾道駅前までまいります。
 途中、車窓から「カメラのキタムラ」を発見いたしました。
「春美さん、もしかしてあそこにもお母さまがいらっしゃるとか?」
「まさか。でもこの店はときどきチェックしてる」

 尾道駅前からは表通りを歩きます。これも微風さんたちと同じルートでしたそうですが。
「ごらんなさい、25年の歴史が、わたくしたちを見下ろしているのですわ!」
「あはは、ピラミッドを前にしたナポレオン一世みたいね」
「でもどこかヘンだぞ。確かに『転校生』からは25年(正確には今年で26年)だけど、尾道の歴史はもっと長い」
「まあ、よろしいではございませんか」
「せっかく尾道まで来たんだから、昼飯は尾道ラーメンにしようぜ」
「あたしも賛成。桃李子さんは?」
「春美さんがおっしゃるのでしたら、別に構いませんわ」
 わたくしたちは、有名店の尾道ラーメンの行列に並びました。
 同じ時間、そこから至近距離の資料館に微風さんたちがいらしたとは、そのときは露とも存じませんでした。


(ろろみパート)

 29museeを出たあたしたちは、国道2号線と山陽本線を越えて山のほうへと向かっている。
 太い道沿いに、気になる名前のお店が見つかった。
「galettenie common。……こもん?」
「茶房こもんと関係あるのかな?」
「『since 2000』って書いてある。『転校生』のロケ地にしちゃ、開業がちょっと遅すぎない?」
「場所も微妙に違うよ」
 後でわかることだが、ここは茶房こもんの分店で、お持ち帰り用の店らしい。本店も近くにある。

 御袖天満宮を目指して細い道に入る。方向は合っているはずなのだが、まっすぐな道がないので迷う。それもまた尾道らしさだ。
「電器屋さんの店頭に、レトロな乾電池自動販売機」
「『ナショナル乾電池』だって。このブランドももうすぐなくなるのね」
 雑談をするのも憚られるくらいに民家の軒先をかすめる細い路地をさらに進んでいくと、あたしたちの目の前に、あの石段が開けた。
 絵になっていた。
 けれども、ここは平和記念公園とは違う。梓さんとあたしは、当然ながらカメラを持ちつつ、石段を何枚も撮影した。
 「キミと転げ落ちてみようか」などと言い合う男女グループ観光客もいる。
 石段を上がると、絵馬が奉納されている一角がある。そういえばここは天満宮、そして今は受験シーズンだった。
 思えば『転校生』撮影当時は、合格祈願の神様・天満宮で“落ちる”シーンを撮るとは縁起でもないと、撮影許可がなかなかおりなかったと聞く。
「『かみちゅ!』って書いてある絵馬がいくつもあるんだけど」
「女の子のイラストが描いてあるのもそのアニメ関係?」
 思い出した。この神社が舞台のモデルになっている、そんなタイトルのアニメが数年前にあったはず。『かみちゅ!』ネタと『転校生』ネタを絡ませて、『かみちゅ!』の登場人物が入れ替わってしまうというストーリーの同人誌を読んだこともある。
 『ママレード・ボーイ』から『放浪記』までレポートのネタにしたあたしだが、さすがに『かみちゅ!』までは思いつかなかった。


(桃李子パート)

 長い待ち行列に並び、あまりに庶民的なラーメンを食してから、わたくしたちは御袖天満宮へと向かいました。
 尾道といえば、やはり『転校生』の名所を外してはおけません。それに、微風さんたちもいらっしゃるかもしれません。
「その映画、俺はよくわからないんだよな」
「意外ですわ。微風さんの保護者でいらっしゃいますのに」
「『かみちゅ!』はよく知ってるんだけどな」
「あの石段を下から撮るなら、あたしの超広角レンズね」
 春美さんはすでにカメラを出す態勢に入っております。

 例の石段が目に入ったところで、小出さんが駆け出されました。
「ダッシュ! 一気に上っちまおうぜ」
「男のかたは元気がございますわね」
「あたしたちは無理ね。ブーツだもの」
「ええ。一応ヒールは低めですけれど」
 ところが、そのダッシュがハプニングを呼んだのです。
 わたくしたちと同世代の女のかたが、小出さんに向かうように石段を駆け下りてくるではございませんか!
「小出さん、あぶないですわ!」
「上から人が!」
「うわっ!」
「どいて!」
 しかし間に合いません。
 おふたりがぶつかった瞬間、階段の上からもいくつもの悲鳴があがりました。聞き覚えはあるのですが思い出せない、男の人の声もありました。けれども一際大きかったのは「ふみえっ!」と叫ぶ甲高い声……間違いなく、微風さんでした。
 ということは、小出さんとぶつかられた女のかたは、微風さんの親友の小出史枝さん!
 小出伸一郎さんと史枝さんは、抱き合うようにもつれあって、石段を転げ落ちていきました……。

「いってえなあ……へ!? どうして俺が?」
「あたしがいる!? ……シンちゃんの声! この服!?」
「史枝ちゃん? そ、それじゃあ……ない、なくなってる!」
「まさか!? ……ある! 何これ!」
「ありえねえ!」
 驚きました。この階段で、本当に入れ替わり現象が発生したなんて。
 けれども、隣の春美さんは、別のことにお気づきのようでした。
「さっき、今井君の声がした」
「今井さん!? 今井京彦さんですの?」
「うん、間違いない。ろろみさんたちといっしょに聞こえた」
 春美さんもわたくしも苦手にしております、あの今井さんがここにいらっしゃるなんて。
 微風さんだけをこちらに呼び寄せて、落ち着いて話すときではないようです。
「この場は退散いたしましょう、春美さん」
「そのほうがよさそうね」
「小出さん」
「はいっ!」
「急ぎますわよ」
 わたくしは、返事をされた小出伸一郎さんの手をとって駆け出しました。
 けれどもよく考えてみれば。
「ちょっと、あたし史枝なんだけど!」
 そう、中身は小出史枝さんなのでした。連れて行く相手を間違えたのではと、わたくしの足にブレーキがかかります。けれども春美さんはスピードを緩めません。
「それはわかってる。あなた、せっかくだからろろみさんたちの動向を教えてほしいんだけど。桃李子さんもいいでしょ?」
 春美さんの意見に、わたしも同意いたしました。
(2日目後編に続きます……)


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Last-modified: 2008-03-27 (木) 23:18:51 (5890d)