水軍合戦記 †
別行動班のレポート。
登場人物(『T's』2ndの数年後?) †
- 愛恩クロ
静かに早く食べる人。
- 九条京香
にぎやかに早く食べる人。
- 姫川マサキ
おしとやかにゆっくり食べる人。
[1210] 水軍編など †
『いいかげんなフィクション:水軍合戦記』
「スペシャル」
「肉玉そば入りにイカ天のせだ」
姫川マサキは困っていた。お好み焼き屋に入った瞬間から、両側の二人が妙に殺気だっているのだ。
「あ、あの、元就合戦焼き……」
ぼそぼそとつぶやく。
「ビールだな」
「小だな」
「よしゃ2つ」
マサキも思う。お好み焼きにはビールが合う。絶対に合う。
「……ウーロン茶をひとつお願いいたします」
でも、彼女の口はどうしても、ビールをくれとは動いてくれないのだった。
どうしてこんな布陣になったのか。お好み焼きB班は、マサキとクロと京香だ。
左側にクロ。一見飄々と見えるが、その目に宿る光は店員のコテの動きひとつも見逃さない。
そして右側には京香。やはり目つきが尋常ではない。だいたいメニューの見方から違いすぎる。
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コレを見てどうしてあんなマニアックな注文が出来るのか。そして店員の手の動きをひとつも見逃すまいと睨んでいるのは、自分でも作るつもりなのかもしれない。
小麦粉を溶いた生地をすうっと丸く広げて、千切りにしたキャベツを山盛り。そのままふんわりとふくらませておいて、隣でソバ玉を焼き始める。ソバ玉はソースと塩こしょうできっちり味付け。具はそれぞれの大きさに応じて、広いアツアツの鉄板の上で塩とコショウで焼いてゆく。
生地ごとキャベツをふわっとひっくり返す。頭に生地を載せられたキャベツの山は、蒸されるようになってだんだん小さく縮んでゆく。甘い香りがかすかに流れる。
お父さんの作るのとちょっと違うな、とマサキは思った。彼女の父はとにかくキャベツをコテで押し固めるのが好きなのだ。圧縮したキャベツはおいしくないのにな、と彼女は思うのだが。
仕上げは卵。ぽんっと落とした卵の黄身をコテで破って、これも丸い形に広げ、その上に具を混ぜたソバ玉と本体を乗せる。安定したらいちばん下からひっくり返して、卵の上にソースを塗ってできあがり。こぼれたソースが焦げて、香ばしい音と香りがはじける。
「はいおまちどうさま」
3人の前にそれぞれのお好み焼きが置かれた。クロと京香の手にはすでにコテが握られている。ビールはもうほとんどない。ちょっと計算ミスかもしれない、とマサキは思った。
だが。
京香はむざぼるように食べ始めた。マサキもそれは予想していた。コテをたたきつけ、塊を小皿にとってかきこむように食べる。十分に味がついていると思われるのだが、さらに激辛ソースをばしゃばしゃぶっかけて、「うめえ、うめえ」とつぶやきながらむさぼるのだ。
「ごっそーさん」
え?
驚いた。先に食べ終わったのはクロだったのだ。ネコのように動きを察知されずに先を行っていたのだ。
「……い、いつの間に?」
「うまかった。ごっそーさん」
ふう、と息をついて、なんとなく物足りなさそうにソワソワと辺りを見回していたが。
「ちょっと、そのへんブラブラしてくる」
言い残して、両手をポケットに突っ込んでのれんをくぐってふらりと出て行った。
「よっしこっちも終わり!」
こんどは右側で声。はっと思って見てみれば、京香もすっかり食べ終わっていた。マサキの前のお好み焼きは、まだ半分も減ってはいない。
「……手伝ってやろうか?」
うんと言ったが最後、あっという間にほとんど持って行かれる事は、さすがにマサキにも予想できた。
「あ、あの、結構でございます」
「そっか」
京香はそれでも未練がましくマサキの手元を見ていたのだが、どうやら分け前がもらえなさそうだと分かるとこちらもいそいそと席を立つ。
「……もう一軒、回っていくわ。遅れたらみんなに言っといて」
「……はい」
せっかくだからみんなで食べましょうよ、と、ついにマサキは言えなかった。
かくしてクロと京香はあっという間にもう一軒をハシゴして、なにくわぬ顔で集合場所に現れたのでした。