遠野蒼色物語

喫茶ブルーコスモスNo472より

これは、岩手県遠野市に行った時のことです。
時間は黄昏時。
とある民宿を探し、山の中を彷徨っていました。
山の中……とは言っても、舗装された広い道路があり、脇には公衆便所や民家がありました。
で、そんな民家の側に、一人の老婆がいました。
道がわからなくなった私は、すぐに聞きました。
「そこの坂をね、まっすぐ行くんだよ」
私は驚きました。
道路の方ではなく、人一人通るのがやっとの急な坂を指差しているのですから。

私は間違いだと思い、聞き返しました。
「ここをずーっとですか?」
「ああ、ここをずーっと」
間違いありませんでした。
老婆は、確かに細い坂を指差しているのです。
私は観念し、そこを上っていきました。

辺りは近代的な道路とは無縁の山道。
雨が降ったらしく、足下の土からは、ぷぅんと泥や草の香りが漂ってきます。
辺りには蛙の声だけが響き、まさに、遠野物語そのものの世界です。
と、突然!

プァンッッ!!

電車の音です。
まるで、耳元で聞こえるかのようにはっきりと。
神経過敏になってたこともあり、ビクッと体を震わしました。
「なんだ、電車かよ」
思わず声に出してしまいました。

一人というのが、これほど心細いものだとは思いませんでした。
正直、おばけより、毒蛇や熊のほうが怖かったです。
おばけはいるかわからないけど、こいつらは確実にいますから。
とにかく、山の中を、一歩一歩、道なりに進んでいました。
蒸し暑く、汗がだらだら。
背中と脇には、重い荷物を負っています。
そのまま道を行ったとき、目の前に細くて長いものがドタッと!

――蛇だ!!

咄嗟に思いました。
恥ずかしい話、泣き叫びながら逆走していきました。
そんで、半べそになりながら、民宿に電話しました。
そしたら、こう言うじゃありませんか。

「全然違う道ですよ」

やはり、あの広いコンクリートの坂を上っていくのが正しかったのです!
あのばばあっ!!
それから、老婆の悪口を言いながら、民宿へと向かいました。
ちなみに、あの長いやつはミミズでした OTL

その後、民宿の主人から信じられない話を聞きました。
ここは、狐がよく出る場所で、昔よくいたずらされたそうです。
以前、ここを予約していた人も、騙されたそうです。
その話を聞き、私は半信半疑でした。
が、布団に入った時、ふと思い出しました。

――そういえば、あんなところに電車は通ってなかった。

明治時代、狸が列車に化けたという話があります。
迷信として葬られた妖怪たちも、姿を変え、生き残っているのでしょうか?
今でも。
とにもかくにも、こうして私は、遠野の妖怪に手荒い歓迎を受けたわけです。

おや、もうこんな時間ですか?
夜が明けるまで、まだ時間があります。
みなさま、いい夜をお過ごしくださいませ……。


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Last-modified: 2006-11-14 (火) 22:59:36 (6388d)