十代アイドル夢の対談

喫茶ブルーコスモスNo293より

「こんばんは、微風ろろみです」
「こんばんは、小出伸一郎です。今日はふたりで、アイドル女優の榎矢るみなちゃんを待ってるところです」
「あたしたちはあちらに出られないから、榎矢さんにこっちに来てもらうことにしたんです……あっ、今着きました。榎矢さん、こっちです」
「るみなちゃん、ファンです、サインください」
「ちょっとちょっとシン落ち着いてよ。榎矢さん、あたしにも一枚」
「…………(るみな、ただただ沈黙)」
「……失礼しました榎矢さん。はじめまして、微風ろろみです。ほらシンもあいさつ」
「はじめまして。こんばんは、微風ろろみの付き人、小出伸一郎です」
「ど、どうも、おはようございます。榎矢るみなです。付き人さんといっしょですか。わたしは公式の仕事じゃないから、マネージャーなしで失礼します」
「おっ、さすが芸能人。今は夜なのにおはようですか」
「ちょっとシン、変なところにつっこまないでよ」
「いえ、ここじゃヘンでしたよね。すみませんでした。こんばんは、はじめまして微風先生」
「先生!? そんな大げさな。あたしならろろみちゃんでいいですよ。高校生どうしじゃないですか。タメ口でいかない?」
「わ、わかりました。タメ口は遠慮させてもらいますけど、わたしもるみなちゃんって呼んでいただけますか?」
「いいですよ。――あたしね、ときどきテレビのバラエティに出て若いタレントさんと共演するんですけど、るみなちゃんは礼儀正しいほうだと思います。見直しちゃいました」
「あっ、ありがとうございます。わたしもそのうち、ろろみちゃんと共演したいです」
「そうなるといいですね。ご注文なんにされます?」
「キリマンジャロ、ブラックで」
「へえ、女の子がその味覚ってすごいな」
「同居してる姉からはもっとマイルドなもの飲め、胃に悪いって言われてるんです。でも、わたしはこればかりは譲れなくって」
「あはは、女優ならそれくらいタフでもいいって思いますよ」
「じゃ、俺はエスプレッソもう一杯」
「あたしはろろみジュース追加ね」
「前はろろみちゃんもエスプレッソ飲んでたよな」
「うん。あたしもああいうの好きだったんだけど、最近は苦く感じるようになっちゃってね。なんていうのか、普通の少女らしさっていうのが身についてきたのかな」
「普通の少女ですか……わたしもそういう役、演じてみたいですね。そうそう、ろろみちゃんも、サインお願いできますか」
「あっ『K−teens』の『微風ろろみのフツーの女子高生日記』。このページにしちゃっていいの?」
「はい。わたしのほうも、さっきのサイン差し上げますね」

「ろろみちゃんの文章、いろいろ読ませてもらってますよ。小説ももちろん雑誌で読んでるし、『K−teens』誌の『フツーの女子高生日記』もね。女子高生ってこういう生活してるんだってわかって、日頃の演技の参考にもなってます」
「あれ、日頃の演技って? お仕事のとき以外でもってこと?」
「はい。こういうお仕事やってても、学校じゃ普通の女子高生として振舞わないといけないでしょう。別の自分をつくって……学園ドラマで演技してる気分ですよ。ろろみちゃんもアイドルでしょう、わかりません?」
「うーん、あたしも学校でまわりの子と距離を感じることはあるけど、演技してるって気分はないですよ。あたしなりの地でつきあってるつもり」
「作家と女優の違いかな……なんかろろみちゃんに圧倒されちゃいそう……ううん、わたしはるみななんだから。呑まれちゃだめ、今は本番真っ只中!」
「……るみなちゃんって、やっぱりなんか変わってる」
「かもな。それに比べてろろみちゃんは心の底から女子高生になりきってる。うん、うん、いいことだ」
「ちょっとシン。それじゃあたしっていったい……」

「ところで変なことかもしれませんけど、あの、ろろみちゃんって、男になりたいって思ったことあるんでしょうか?」
「ど、どういうことです?」
「だって、性別が変わるお話が得意ですよね? 『いんたあふぇいす』は主人公が男から女になるし、『マルチプライア』は周りの男の人がヒロインの姿になるストーリーでしょう?」
「あっ、そうですけど……。確かに、別人に変わってしまうっていうのは、あたしなりに文学的に掘り下げてみたいテーマです。でもあたしは、自分が男になりたい願望を小説に書いてるわけじゃありません。ねえシン、わかるでしょ?」
「なんで俺に振る?」
「……なんか気の利いたこと言えばいいのに……。それよりるみなちゃん、実はあたしも似たようなこと考えてました」
「えっ?」
「るみなちゃんは男の子っぽい女の子役が得意みたいですから。1月の連続ドラマデビュー作『アンダンテ・ビバーチェ』も、今度の『革命プリンス』も。だから本物も、女がいやで男になりたい子なのかなって」
「……で、でも、『プリティーサーラ』のルミナ姫とか、まずは声の演技から女の子らしい役の勉強してますよ」
「あっ、なるほど。とにかく、お互い、いい女性になれるよう勉強しなくちゃね♪」
「ですね♪」
「……このふたり、似たとこあるのかもな」

「るみなちゃん、あたし以外ならどういった作家さんの小説読みます?」
「えっと、例えば珠橋せれ菜さんですね。『軟派動物学如論』の」
「わあ、アイドル作家の読むんですね」
「はい。同年代の女性作家さんの作品読んで、少女の感性を身につけなくちゃって思ってるんです」
「そういえばあの人、るみなちゃんの事務所の先輩の榎矢一輝さんのファンだそうですね。るみなちゃんも一輝さんのファンでしたっけ」
「えっ、ちょっ、そ、そっちの名前は出さないでくれよ……ください」
「……るみなちゃん?」
「焦ってるぞ、この子」
「……し、失礼。わたし、一輝の話題はちょっと苦手でして……」
「あれ? 迷子の子のお父さんとは意気投合してましたよね」
「えっと……あのときはそうなんだけど、ろろみちゃん相手だと……っていうか、珠橋せれ菜って元アイドルの大空くるみでしょう。彼女が一輝のファンだって聞くと、なんかせれ菜とくるみの関係がわたしと一輝にオーバーラップしちゃって、焦って」
「どうしてオーバーラップするのかなあ? るみなちゃんと一輝さんって同じ事務所で名字もいっしょだけど、赤の他人ですよね? シン、わかる?」
「ぜーんぜん。るみなちゃんも面白い子だね」

「それよりわたし、授賞式でろろみちゃんがせれ菜さんを許したって聞いて、ろろみちゃんの優しさがよくわかりました。なんか男子みたいな優しさじゃありませんか?」
「……あたしが、男子生徒に?」
「はい。わたしのクラスメイトに、そういう男子がひとりいるんです。クラスの人気者でかっこいいんだけど自惚れなくって。わたしには、ろろみちゃんがその子にオーバーラップしちゃって」
「……俺って、そんなすごかったのか?」
「シンは関係ない! ……やっぱりるみなちゃんとあたしって近いところあるかも」
「あるかもしれませんね、はい」

 と、そんな感じで対談はお開きになったのでありました。


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Last-modified: 2006-11-12 (日) 01:10:26 (6391d)