走行距離840kmの弾丸旅行 †

事実に基づいたフィクションです。

出演 †

• 華村天稀（某監査代理？*1）
• 五条桃太郎（こうけい代理）
• 北村桜（ほたる代理）

１日目、雪道を往く。 †

　高速道路を走行中。北村桜は目の前の状況を見て、今後の予定を考えていた。

　吹雪である。温暖な山陽でさえこれなら、山陰はどうなっていることか…………

　――一応、チェーンは買っておいた方が良さそうね。

　冬用タイヤは装着済みの桜の車……通称『猫』と呼ばれ、北村カメラの営業車代わりに使われている……は、山陽地区の高速道路は難なく走り抜け、福山へ到着した。

「そういえば、ここ…………」
　高速道路を降りて、しばらく走った後。桜はウィンカーを右に出し、ショッピングセンターへと入った。中古のカー用品店があるらしい、という噂を、以前に聞いたからである。
「ここかな？」
　『セコハン市場』という看板が、掲げられている。桜は迷うことなく、その中へと入っていった。営業車代わりということもあり走行距離が伸びるので、車のメンテナンスは夫に任せることなく、自分でもやっているのである。
「実質、一択なのね」
　桜の車に合うチェーンは、１種類しか置いていなかった。中古なので現物限り、これしか選択肢はない。
　中古なので、中を開けて状態を確認する。使用感は少なそうだ。装着もさほど難しくはない。非金属なので高速道路の走行も無難にこなせるだろう。
　安価だったので、ポイントを全行使して購入することにした。

…………………………

「桜さん、お久しぶりですね」
「おつかれさまです」
　東京発ののぞみ号から、一人の紳士が下りてきた。
　五条桃太郎。東京出張の帰りに、ここに立ち寄っている。物好きである。
「なかなか、来ることがないもので」
　福山、そして山陰へは、行く機会が少ないという。プライベートでの旅行でとなると、ほとんどないという。以前、桃李子が小学生だったころ……桃李子の身体の事情もわからず、春美と出会ってもいなかったころ……に、皆生温泉に家族旅行で行ったことはあるが。
「お昼、どうされます？　移動が長くなりますが」
「先に食べておいた方が得策ですな」
「『尾道よりおいしい尾道ラーメン』という噂の店なら、知っていますけど、お口に合いませんかね」
「いえいえ、普通に食べてますから」
　福山駅から歩いて３分ほどのところにあるラーメン屋に、二人は入ることにした。桜は知人の紹介で、一度だけ食べに来たことがある。ちなみにこの店は、セットメニューのコストパフォーマンスが異様に高いのが特徴である。

「どうでした？」
「美味でしたな」
　尾道ラーメンは尾道で食べたことがある。その時は先に行った桃李子から『宇宙一』のラーメンの噂を聞いたので、そこに行くことにしたのだが、それに勝るとも劣らないおいしさであった。
「この車は…………以前来たことがありますね」
「ええ」
　北村カメラの顧客には、五条家も含まれている。店側から外商に行くこともあれば、娘の桃李子が店の初売りに来ることもある。現に、今年は『Harumi』の名前がついた福袋を、購入している。
　桃太郎が以前出迎えた際に、春美を含めた３名がこの車で来ていた。
　ちなみに、事情があって五条家に幹生の愛車で出向いた時に、桃太郎が目を丸くしていたということは付記しておく。

「雪、ですか」
「奥に行けば行くほど、厳しくなってくると思います」
　ここから、松江へと抜ける必要がある。高速道路を使うとかなりの回り道になってしまうので、それを嫌った桜は、国道でまっすぐに松江へと抜けるルートを選択した。途中、１カ所立ち寄る場所を選択して。
「まあ、こういう場所での運転は初めてなんですよ」
「意外でしたね」
「『急』のつく運転をしなければ、現状の装備で大丈夫だとは思うんですけど。　ただ、外での作業が予想されるので、今日はそれを踏まえて」
　桃太郎は桜の服装を見た。確かに普段に比べれば、飾り気の少ない服装である。それぐらいの心構えでいるのだろう。
　桃太郎は自身で車を運転することがない。五条家にはお抱えの運転手がいるからであるが、そんな桃太郎にも桜の内心はわかっていた。
「口数が少なくなるかもしれません」
「了解しました」

　果たして桜の言うとおり、東城を過ぎ本格的な山地へと入ってきた頃から、路面にはうっすらと雪が積もり始めた。路面なのでその程度で済んでいるのだが、路肩や沿道の家の屋根には、膝ぐらいまでなら余裕で埋まりそうな積雪があった。
「大丈夫、なんですか？」
「まだ手応えはあるので、大丈夫です」
　路面状況によってはわずかに滑るが、まだチェーンはなしでいける状況と判断する。
「一応、チェーンは買っておいたんですけどね」
「後ろに積まれていたあれですね。　おいくらで？」
「ただで」
「はい？」

　途中、ある駅が横に見えた。
「日本屈指の過疎路線の始発駅ですね」
　備後落合駅。ここを始発とする木次線は、桜の言うとおり１日３往復という超過疎路線である。
　しかしこの木次線は、日本でも数少ないスイッチバック区間を含む、鉄道マニアにはある意味でたまらない路線でもある。
「ちょっと、寄っていきましょう」
　駅の方へ上がると、列車が停車中であった。非常に貴重なシーンであり、二人はそれを写真で残した。
「抜けられる？」
　方向転換しようとしたところ、軽くタイヤがスタックしてしまったが、何とかチェーンなしで抜けることができた。

　国道３１４号線の、広島と島根の県境。木次線が過疎路線にもかかわらず廃止論が出てこなかった最大の理由は、この地域を通過する国道が未整備だったからである。それを解消したのが、この道である。
　『奥出雲おろちループ』。日本最大級の二重ループ道路であるが、降雪時は旧道よりはましなものの、相変わらず通行の難所となる。
「かなり、降ってますね」
「全景でも見られたらと思ったんですが、どうやら展望台はお休みのようです」
　雪に埋もれた展望台は、閉鎖されていた。仕方がないので、そのまま下ってみる。車の数が少ないので、この一帯が最大の難所であった。

　そこから、５分ぐらい下る。
「ここが駅なんですね」
　出雲坂根駅。先ほど述べたスイッチバックの中間にある駅である。『延命水』のわき出る駅としても有名であり、駅の近くにある井戸には、この雪にもかかわらず多くの車が止まっていた。
「ちょうど、この時間のはずなんですが……来た」
　先ほど通過した備後落合駅からの列車が、この駅へゆっくりと滑り込んできた。
「妙に職員の方が多いですね」
　JR西日本の職員が、多数詰めかけていた。作業車はすでに雪で埋まっていることから、かなりの長時間ここに停車していることが伺えた。
　どこかと連絡を取り合っているらしい。遠くにいた二人にその内容は聞こえなかったが、運行継続の是非を問う物だったのかもしれない。
　５分以上経ってから、列車は再び走り始めた。運行できると判断したのだろう。
「１日６本だから、すぐ積もってしまうんでしょうね」
　その言葉を裏付けるように、先ほどの職員はスイッチバックの要となるポイントの部分を、重点的に雪かきしていた。
　駅舎にはスイッチバックの駅であることを伺わせる、様々な資料が掲げられていた。余すところなく撮影し、再び車を走らせる。

　山陰は海に近づいてもかなりの雪が残り、降る雪に関しては県境よりも、むしろ松江の方が多く感じられた。
「夜のお買い物でもしておいた方が良さそうですね」
　そう言いながら桜が車を止めたのは、松江サティ。つまみとなる物やアルコール類は全く購入していなかった……というより、酒を飲まない桜の場合は、何を買っていいかわからなかったというのが事実である。一方、菓子類はやたら豊富だったのだが。
「ついでにお店も寄ってみます」
　デオデオ松江店に入り、外を見ると…………
「霰（あられ）ですか？」
「これは今すぐ出ない方が得策でしょうね…………」
　霰（あられ）が雹（ひょう）になると、車を傷つけかねない。屋内の駐車場に車を止めていたので、ここでしばらく時間をつぶすことにした。
「初売りの福袋に入れたカメラはどれでしょう」
「桃李子さんの買った『Harumi』に入れた物だけ置いてありませんね」
　旧型ゆえである。

　もう一人の旅行者とは、松江駅を合流場所にしていた。
　霰が雪に変わった後、二人は駅の横にあるコーヒーショップで、おかわり自由のコーヒーショップに入ることとした。
「まだ、メールは来ませんね」
　連絡があるとすれば、桜のケータイに来ることが予想される。ポケットのケータイを、表に出しておいた。
「これ、いつも春美に食べられてしまうんですよ」
　目の前のドーナツ。パリパリ感のあるチョコがサンドされているのだが、買って帰ってもどこかに隠しておかなければ、すぐに消えてしまうらしい。
　カフェオレをおかわりし、３杯目をと思ったところで……後ろのガラスをたたく音がした。
「おつかれさまです」

　華村天稀。見た目は高校生程度の女子に見えるのだが、実体は『電子妖精』と呼ばれる種族に属し、その姿を描画できる環境があればどこにでも現れることができる。
　しかし、突然現れたり消えたりしては周囲の人間に非常に怪しまれるため、今回の旅行では普通に行動する予定である。桃太郎や桜とのおしゃべりを楽しみたいから、というのも理由であるが。

「店に入られなくても結構ですよ」
　ホテルのチェックイン予定時刻まで、時間はない。二人はすぐに食器を片付け、外へ止めてあった車へと乗り込んだ。ホテルは駅から車で２分ほどの場所なので、普通であれば歩けないこともないのだが、この雪である。
「回れます？」
　ホテル専用の駐車場。先ほどの霰のことを考え、屋内へと駐車しようとした桜であったが、同じことを考える人で屋内はすでに満車であった。
　仕方ないので方向転換する。普通だと切り返しが必要な場所を、積もっていた雪を利用して車をスライドさせて乗り切ってしまう桜であった……
「２階か……」
　フロントは２階である。後に奥からエレベーターで上がれることを知るが、そのことを知らなかった一行は、雪の積もる階段を注意深く登っていった。

「予想以上に狭いですな」
「ええ」
　安宿なので、部屋が狭くとも文句は言えない。ただ、３人で集まって話をするには、あまりにも狭すぎる。
「話をするなら、ファミレスとかを使った方が良さそうですね」
「…………そうですな」
　程なく天稀が荷物整理を済ませたので、再び車で出ることにした。この日のために購入したナビは、大活躍である。

　目の前の道をしばらく走った場所にあるココス。ドリンクバーの充実度から、桜はここを選択した。
「ホントはサンデーサンに案内したかったんですけど」
　ほぼ全店舗がココスに売却され、現在は存在しない店舗である。この店舗も、一年ほど前まではそうだった。実際、ナビでは『サンデーサン』と案内されている。
「一応……」
　ワイパーを上げておいたり、タイや周りの雪を落としておくのは、寒冷地では基本である。長時間駐車になることを予測していた桜は、そういう基本的なことはしっかり施しておいた。

「う…………シーフードだった」
「電子妖精とやらにも好き嫌いはあるのですか……」
　シーフードドリアに入る魚介類に、ホタテやイカは欠かせない。天稀はそれらが苦手である。分けていると、具がほとんどなくなってしまっていた（……）
「う〜ん、こればっかりは代わりに食べるわけにもいきませんし」
　桃太郎と桜はハンバーグ。残さず食事していた。桜も好き嫌いは多いのだが、きっちり避けている。
「追加注文されてはいかがです？」
「それもちょっと……」
　メインディッシュを２つというのは抵抗があったのだろうか、ドリンクバーとスイーツでお腹を満たす天稀であった。電子妖精に空腹という感覚があるかは、ともかくとして。

「これですか……」
「中身は別物になってますよ」
　天稀と桜の出した、色違いの同一マシン。しかしそれは、高速化という目的は共通なものの、それぞれが手を入れることで全く別物といってよいマシンとなっていた。
　天稀のマシンは、プリインストールのユーティリティの多さを嫌ってか、OSごとそっくり入れ替えられ、上位エディションのOSに必要なユーティリティのみがインストールされている状態であった。HDD自体も、カスタマイズにより大容量のものとなっている。
　一方桜のマシンは、OSの状態はプリインストールのそれに近い状態であるが、ディスクが高速なフラッシュメモリ、いわゆる『SSD』に交換されている。元のHDDよりも小容量ながら、レスポンスの良さと耐衝撃性を併せ持つ。スタミナはHDDよりSSDの方が省電力な分、桜の方がわずかながら上である。
　なお、電子妖精である天稀のマシンがサイバーな雰囲気を与えるシルバー、桜のマシンが名前通りピンクになっているのは、偶然の一致である（笑）

「明日の予定はどうされます？」
「出雲大社には一畑で行きましょう。　車で行くのと時間に大差はないです」
　松江から出雲大社までは、40kmほどある。一般道なのでペースは上がらない。
　松江から一畑電鉄の急行『出雲大社号』に乗車すると、45分。出雲大社の近くに駐車場がないであろうことを考えると、所要時間はほぼ互角である。一畑を選んだのは、運転手である桜の疲労を抑えるという面もあったが、多くの部分は趣味である（笑）
「で、そこからは……」
「出雲蕎麦を食べて、境港で水木しげるロードを見物。　そこから米子経由で岡山ですね。　８時過ぎには着けると思うんですけど」
　事実、ナビには境港から岡山のホテルまでのルートが、あらかじめプリセットされていた。

　ホテルに戻っても、部屋が部屋なのであまり話は弾まない。ただ、この日のうちに出しておかなければならない物もあった。
「餃子？」
　見た目は餃子である。しかし一口食べてみると…………
「…………チョコ？」
　名付けて『チョコっと餃子』。福山の老舗の菓子処が販売している、『本物そっくりスイーツ』シリーズである。他にも『たこ焼きみたいなシュークリーム』『お好み焼きみたいなチョコレートケーキ』『鰻重そっくりミルフィーユ』などが存在するが、長時間移動に耐えうるのは餃子しかなかったのである。なお、これらの一部は通販で購入することができる。
　ドリアをかなり食べ残した天稀にとっては、腹の足しになったのかもしれない。

２日目、神と妖怪に出会う。 †

　決して広いとはいえないツインルーム。
　北村桜は目を覚ますと、足でカーテンを少しだけ開き、外の様子を眺めた。

　まだ、雪が舞っているようだ。幸い、霰が降るような音はしない。
「起きてらしたのですか」
「ええ」
　五条桃太郎が、横から声をかけてきた。互いに狸寝入りをして、探り合いをしていたらしい（笑）

　ホテルに朝食はついてこない。注文すれば食べられるのだが、安価なわけでも充実しているわけでもない。
　朝食は出てからに、という天稀の提案で、三人はホテルを後にした。

　昨日は飾り気のない服装だった桜であったが、この日はワンピース姿であった。後にこれは、判断ミスであったことが判明する。

「これが目的だったんで」
　このたびで、天稀が知人から依頼されていたこと。それは、NHK朝のテレビ小説『だんだん』のロケ地巡りであった。テレビ小説は各都道府県が持ち回りで舞台となっているのだが、この島根を舞台としたことで、全国４７都道府県全てが舞台となったことになる。　船着き場、商店街、松江大橋。この後の一畑電鉄も舞台の一部となっている。
　余すところなく撮影した三人は、朝食を探しに車を走らせた。
「空いてますか？」
「テナントとして入居してるのでまだですね」
　『モスバーガー』の案内を見た桜は、朝食をここで買おうと、ショッピングセンターの敷地に車を入らせた。しかし肝心の店舗はドライブスルーではなく、テナントの一つであった。
　一畑電鉄『出雲大社号』の発車は、９時２０分。時間厳守が求められるためここはあきらめて、一畑電鉄の松江しんじ湖温泉駅へと向かった、休日は社員駐車場がパーク＆ライド用駐車場として開放されるので、駐車は無料である。

「意外にゆったりしていますね」
　一畑電鉄の他車両の例に漏れず、『出雲大社号』の車両も都心の私鉄からの払い下げ車両であるが、十二分に豪華である。回転式のクロスシートを利用し、向かい合わせて座ることができた。
　朝食は駅の売店で購入した中華まん。肉まん、カレーまん、ピザまんと、三者三様の中身であった。
「ここが日本最長の駅名”だった”駅らしいですよ」
　『松江イングリッシュガーデン』駅。これでも十分長いのだが、改名前は『ルイス・Ｃ．ティファニー庭園美術館前』駅だったらしい。なお、改名の理由は『美術館が商標の問題で名前を使えなくなった』ためであるが、その代わりにまた長い名前を持ってくるあたり、妙なこだわりがあるらしい……

「スイッチバックなんですよ」
　桜と桃太郎は、昨日通過したスイッチバック。一畑電鉄にもスイッチバックの場所が存在したので、今度は車両に乗って実際に体感することができた。
「必ずしも必要な風には思えないけど」
　確かに妙な構造になっている駅である。昔はここで運転系統が分断でもされていたのだろうか。
　そのまま、逆方向に列車は進む。
「幼稚園に提供でもしたのでしょうかね」
「東京には『新幹線図書館』があるとか」
　一畑電鉄の旧型車両らしきものが、沿線にある幼稚園の敷地内に置かれていた。

　時刻通りに、列車は出雲大社前駅へと到着した。
「時間がないので手早く回りましょう」
　一畑電鉄の運行は、およそ１時間に１本。境港、そして岡山へ移動することを考えると、ここで１時間ロスするのは痛い。
　約１時間後に発車する普通電車に乗ることを前提とし、三人は出雲大社へと向かった。

　出雲大社。１０月には八百万（やおおろず）の神がここに集まってくることから、出雲では１０月を『神有月』と呼ぶ。それぐらいの権威がある。
　ここに入るなり、いきなり吹雪に見舞われた三人。桜は早くも、服装の選択ミスを悔いた。

　天稀だけはここが初詣となったので、みくじを引く。
「吉とか凶とか書いてないのか」
　普通の神社のみくじであればまちがいなく書いてあるであろうそれが、ここのにはなかった。そういうものだろうか。
「買うだけ買っておこうかしら」
　『無病息災』のお守りを、櫻は購入していた。全般的に価格が高い（笑）

　大国主命と兎の像を見たり、別棟にあった古代の出雲大社の資料館を見ていたりすると、時間はあっという間に過ぎた。
　電車の発車時刻も迫っていたので、三人は急いで駅まで戻り、予定していた電車に乗ることができた。今回は普通列車なので、途中で乗り換える必要がある。
「ロングシートって、どれだけロングなんですか……」
　つり革の数が座席数とイコールだとして、１６人掛け。きっちりその人数が並んで座ることも難しそうだ。
　途中、川跡駅で乗り換える。出雲大社方面への接続駅となっているため、全体のダイヤがここでの乗り換えを考慮した形で組まれている。３本の列車がホームに勢揃いしている姿を、見ることができた。

　普通列車はトータルで１時間ほどかけ、出発した駅へと戻ってきた。
「お昼、考えないといけないですね」
　出雲蕎麦の店を探したい。ショッピングセンターへと入ったのだが、それらしき店は見つからなかった。
「通過するので、先に松江城に行きましょうか」
　松江城もまた、『だんだん』ロケ地の一つである。そして、天守閣は現存している木造のそれとしては、姫路城に次ぐ大きさを誇っている。
　多分に漏れず、天守閣の内部は資料館となっていた。松平家が収めていたこともあってか、葵の御紋が記された展示物が多数ある。三人はここで、たっぷりと時間をかけた。

「見晴らし、いいですね」
　松江市内では最も高い位置にある建造物である。天守閣の最上階、そこからの見晴らしは最高であったが…………
「ちょっと風が強すぎ？」
　外は再び、吹雪となっていた。風で揺れるのが、はっきりと感じられた。
　吹雪がやむのを待ち、桜がミニサイズの印籠を購入した後、三人は天守閣を後にした。

「いい加減腹減ってきた」
「そうですな」
　繰り返しになるが、電子妖精に空腹という感覚があるのかどうかは不明である。
　出雲蕎麦の店を探し、三人は昨日も来た松江サティへと、車を止めた。
「もしかして、ない？」
　しかし期待とは裏腹に、そういう店はなかった。
「朝も満足に食べてないので、しっかり食べましょう。　夜も遅くなりそうですし」
　結局、石焼きご飯でお昼となった。

　松江から境港までは、車で１時間もかからない。
　疲れからかうとうととしだした天稀をそっと寝かせ、桜は車を湖の方へと走らせた。
「ここは？」
　水上に造られた道路。堤防の役割も兼ねているのだろう。境港へはこちらへ進めという標識を、ナビの案内よりも優先する桜であった。事実、慣れない道で大まかに進路を決める際は、標識に従う方がナビに従うより賢明なことも多い。

　予定通り１時間ほどで、境港へ到着する。しかし松江で時間をかけすぎたためか、すでに４時半を回っていた。
「早くしないと日が暮れる」
　さすがに暗所では撮影できない。妖怪像の全制覇も目的としていたが、結局は暗所に強い桜のデジカメが、メインでそれを収めることとなった。と、その時。

「お前、ちょっと待てっ！」
「うぉうっ、お前は？太郎！？」
「出たな、電子妖怪！」
「妖怪ちゃうわ！！」
　なんでワイルドカードなの、という桜の呟きは無視された。
「人間に危害を加える妖怪なら、ぼくが退治してやる！　いけっ、＊太郎軍！」
　言ってる自分も妖怪とハーフじゃないのか、という？太郎の呟きも無視された。
「だからなんでワイルドカードなの……」

【ワイルドカード】
　コンピュータにおける名前の指定に使える特殊文字。
　”？”は『任意の１文字』、”＊”は『任意の長さ０以上の文字列』を示す。

「俺、参上っ！」
「僕に釣られてみる？」
「俺の強さは泣けるでぇ！」
「覚悟はいいか？　答えは聞いてない」
　その他諸々である。仲間が引き連れていた犬を見て逃げ出す者、寝てばかりいる者、そのように戦力にならない者もいたが、とにかくそういうことであった。
「させるかっ！　スプライト兵器召喚っ！」
　一人で戦う気なのだろうか。

「まだだっ、たかがメインカメラをやられただけだっ！」
　どこかで聞いた台詞であるが、天稀は『軍』と名付けられた集団を相手に、孤軍奮闘していた。
「…………あの、私たちはどうすれば」
「放っておきましょう」
　あっけなく見捨てる二人であった（……）
「なかなかしぶといなっ…………こうなったら！」
　どこかで見たことのある人物が、そこに現れた。
「この未曾有（みぞうゆう）の難局の中、責務を途中で投げ出すなどということが…………」

　…………＊太郎軍は『解散』した（笑）

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「いや、マジで困った」
　メインカメラが壊れた、は決してネタではなく、現実であった。
　レンズを展開したまま落下した天稀のデジカメは、レンズが収納できなくなってしまった。
「無理矢理つっこむしかないようですな」
　修理にいくらかかるのか。天稀は不安視していた。

　水木しげるロードを全て回っていると、予想していたとおり真っ暗になっていた。山陰は店が閉まるのも早いらしい。
　街道沿いならまだ店は開いていると判断したので、車で米子まで走る。給油も必要であった。
「山越えるとこれだけ違うの……？」
　10円/L以上違うガソリンの価格に、桜は驚いていた。
　買い物も済ませると、すでに７時を過ぎていた。このまま何事もなければ、予定の９時にはチェックインできる。

　米子道の入り口で、車を止める。冬用タイヤ規制が敷かれていたので、タイヤを確認される。行きに雪道を走ってきたので、もちろんチェックはパスできた。
「ん…………」
　先に渋滞ができている。後ろへつけて走ってみると、40km/h程度しか出ていない。
「金属チェーンで走ってる車がいる」
　一車線なので追い越すこともできない。
「天稀さん、ホテルに１時間ほど遅れる旨、伝えておいてください」
　ずっとこのままというわけではないが、到着時刻は確実に遅れるだろう。事実、岡山到着は桜の当初予定よりも、１時間以上遅れてからになった。
　この時間から外出する気はないので、コンビニで夕食を買う。
「すいませんね、毎日質素な食事で」
「いえいえ」
　桃太郎にしても、生まれつきこの身分だったわけではない。現在に至るまでにはさまざまな経験があり、このような食事が続くことも、決して珍しくはなかったという。

「今回は広いですね…………」
　昨日のホテルに、1500円ほど上乗せすると、このような部屋になった。広さはほぼ倍、洗い場独立の風呂があり、外の景色も存分に望める。
「松江にこういうホテルがあれば、取ってもよかったんですけどね」
　あいにく、そういうホテルは見あたらなかった……というか、あってもここより高くついた。
「ここで食べましょう」
　全員が弁当をここに持ち寄り、食べることとなった。そして明日の予定を考え、そそくさと眠りについた。

３日目、北へ南へ。 †

　昨日同様、桃太郎と桜の朝は探り合いから始まった（笑）
　カーテンを開き、外を見る。雪はないようだ。一安心である。

　今日のホテルは、軽い朝食がついてくる。先に起きていた天稀と合流し、ロビーに下りる。
　数種類のパンとサラダ、ウィンナー、そして飲み物。無料なのだから文句を言うのも筋違いだが、分量的には満足である。
「娘がプレゼントとして、春美さんから頂いたそうですが」
　何を思ったか、桃太郎はそれをこの場に持ち込んでいた。『はるみマーマレード』であった（笑）

　後の予定を考え、早めに朝食を切り上げ、チェックアウトする。フロントでセルフのガソリンスタンドの割引券を発行してもらい、そのスタンドへと行く。積雪地帯を走行した車には融雪剤が結晶として残るため、その除去も兼ねた洗車も行う必要がある。
「結構待たされますね…………」
　一番安いメニューを頼んだはずなのだが、給油と洗車が終わるには、３０分ほどの時間を要した。すでに予定が後ろへずれ込んでいた。

　かつての本四連絡船ルートであり、現在も国道の一部となっているフェリーが発着する宇野駅。桜はあえて、ここを経由するルートを選択していた。高速を走りたくないゆえでもある。
　本四連絡船が廃止される理由となった瀬戸大橋は、列車『マリンライナー』で渡ることを決めていた。どうせなら坂出方面に連結されているパノラマグリーン車、その最前列を確保したい。児島駅へ着いた後、まず確認したのはそれであった。
　券売機は、次のマリンライナーにその空席があることを、示していた。迷わず確保する。
「１号車１番A席なんて、なかなか取れませんよ」
　その券は、桃太郎の手の中にあった。そのままホームへと上がる。
「ひゃっ！」
　この旅の間、風がやむことはない。昨日よりはましながらもやはり薄着だった桜のスカートが、風に煽られた。
「無理するからですよ…………」
　一日目の服装のままが、よかったのかもしれない。

　１０分ほど待たされて、お目当てのマリンライナーが到着した。西洋の甲冑を思わせる前面、その運転台のすぐ後ろに…………
「ここだけ個室みたいだな」
　パノラマ席は、他の席と仕切られた部分に存在していた。もう１つの席には誰も乗車してこなかったので、三人の貸し切りといってもよい状態になった。
　桃太郎を除いては、瀬戸大橋を列車で渡るのは初めてとなる。桃太郎は逆で、車で渡ったことがない。児島から坂出、わずか１５分ほどの旅程ではあったが、橋の上か見る瀬戸内海の情景を、十二分に味わうことができた。

「とりあえず、一方向に向かって歩いているらしい」
　偵察衛星と接続があり、周囲の状況を（不確定な部分も多いが）探ることのできる天稀。坂出駅を出てからの人の動きをチェックする。
「行く先が、お目当ての製麺所ですか」
「…………そこまでは」
　不確定ではある。
「仮にそうでなかったとしても、そこにしましょう。　外したら運が悪かったということで」

　果たして行き先は、お目当ての場所であった。
「結構、並んでいますな」
　昼前の時間ではあるが、すでにかなりの行列ができていた。駐車場は他県ナンバー、桜よりも遠くから来たであろう車も、多数並んでいる。
　この製麺所でうどんが食べられるのは、正午を挟んだ１時間のみである。短時間に集中するので、こういう事態となるのであった。
「先に注文伺います」
　流れをよくするためであろうか、注文は先に行う必要がある。とはいえメニューは……
・麺の熱さ：つめたい/あつい/ぬくい
・麺の量：大/中/小
　だけを指定すればよい。
「みやげでも買ってこい、と言われた」
　天稀は待ち時間の間に、みやげとしてエーテルワークスに買って帰るものの品定めも行っていた。

　奥の建物に通された三人の前には、程なく注文していた麺が運ばれてきた。
「薬味はセルフなのね」
　ついでにいえば、だしもセルフである。
「タダのものは全部使う」
　ネギ、ゴマ、生姜。肉と卵だけは別料金となるので、それは避けておく。その甲斐あってか…………
「１５０円です」
　破格の安さである。経営は成り立っているのか、と桜は思った。

「ここからどうします？」
「鬼無（きなし）へは列車の接続が悪いので、そのまま行くのと一度児島まで戻るのとで、大差はなさそうです」
　児島まで戻ると、車ででも瀬戸大橋を渡ることができる。途中にある与島パーキングエリアにある与島フィッシャーマンズワーフに、桃太郎が興味を示していたので、車で鬼無まで行くルートを選択した。まずは児島へと戻る。

　児島駅から瀬戸中央道に乗るまでは、数分である。
「二輪車通行止め…………まあこの風じゃ仕方ないな」
　陸上より強風にさらされる海上。途中で止まるわけにもいかない高速道路。二輪車が通行止めになるのは、ある意味仕方がない、はたして、橋の上では…………
「風速16m/s！？」
　高速でこんな表示は見たことがない。ミニバンタイプの桜の車は、激しく風に煽られた。それでも橋の上で抜かれた車は数台だったのだから、どの車も似たペースで走っていたことになる。
　橋を渡りきると、風はいくぶんか穏やかになった。高松方面に車を走らせる。

　鬼無。一般には岡山発祥と言われる桃太郎伝説であるが、この地にも伝説は残っている。鬼を退治していなくなったことから、この地はこの名で呼ばれることとなった。芝山や川、鬼ヶ島と呼ばれる場所や、鬼塚と呼ばれる鬼の墓、そして桃太郎とその両親、お供の犬猿雉の墓もある。桃太郎の両親が誰なのかは、諸説あるが。
　そしてこの鬼無駅には、桃太郎にまつわる変わった石像が置かれている。
「キングボンビー……」
　ハドソンが発売している『桃太郎電鉄』シリーズ。コンシューマゲーム機で楽しめるテーブルゲームとして高い人気を誇るが、このゲームに登場するキャラクター、たとえばスーツ姿の桃太郎や、ふんどし姿（？）のキングボンビーが、この駅のホームに石像として置かれている。
「スーツ姿の桃太郎といっても、こちらの桃太郎さんではないですけどね」
　確かにスーツ姿の多い桃太郎である（笑）　彼が鉄道会社を経営しているわけではない（笑）

　桃太郎や両親、犬猿雉の墓は、駅から車で３分ほどの場所、『桃太郎神社』の境内にある。
「桃太郎”軍”ですか…………」
　桃太郎の話は、鬼ヶ島で桃太郎が鬼を退治し、財宝を持って帰ったところで終わるのが一般的である。しかしここの言い伝えでは、その後に鬼がこの地を襲撃し、桃太郎軍が鬼を一人残らず退治したということになっている。鬼の墓『鬼塚』は、鬼無駅に来る途中に通過した、寺の中にあったらしい。
　とりあえず参拝し、車を本州に向けて走らせる。帰りの表示は『風速9m/s』であったが、車は往路よりも激しく風に煽られた。

　与島パーキングエリア。瀬戸大橋の中間点にあり、住所は香川県となる。桜は過去に何度か、ここに立ち寄ったことがあるが、瀬戸大橋を車で渡っただけの天稀、そしてそもそも車で渡ったことのない桃太郎は、これが初めてとなる。
　パーキングエリアから橋をくぐって反対側に、お目当ての施設はあった。『与島フィッシャーマンズワーフ』である。その立地から、四国各県の物産、主に海産物がここには集まってくる。海産物だけでなく、先ほど食べた製麺所のうどんも。
「ちょっと高いのか」
　製麺所で買うよりも、１割ほど高い値付けがされていた。
「山陽の物産は少ないんですね」
　意外である。まあ、四国へ渡って帰る際に立ち寄る人が多いせいかもしれないが。

「で、最後の目的地と」
　倉敷。江戸時代の倉が残る美観地区と、つい先日潰れた（笑）チボリ公園が有名である。
　チボリ公園に関しては建物自体も近日中に解体されてしまうので、この機を逃せば見ることさえもできなくなってしまう。
「まずはこちらから」
　美観地区近くのコインパーキングに車を止め、三人は歩き出した。

　江戸時代の雰囲気を残す町並み。多くの倉は資料館、そして店舗となっている。資料館は到着時刻が遅かったせいで、ほぼ全てが閉館してしまっていたので、店に入ることにした。
「あ、これおいしい」
「ですな」
　『豆匠本舗』との看板が掲げられた倉の中で、試食の豆をいくつかつまんでいた桜は、その中に『当たり』を見つけた。
　『カレー豆』である。結局三人ともお買い上げとなった。

「ここ、ホテルなんか」
　倉敷アイビースクエア。倉敷紡績の工場跡地であるこの場は、資料館と式場、そしてホテルも兼ねている。中はある程度自由に歩き回ることができるが、式場近くは立ち入り禁止であった。明治から大正にかけての風情を味わいながら、中を出る。
「この傘、会社の人が持ってて欲しいと思った」
　通常の３倍、２４本の骨が入っている傘である。風に強いらしい。天稀がそれを購入していた。無料でネームを掘ってもらえるらしいが、悩んだあげく何もせずに傘だけお買い上げであった。
「あ、さんりお屋」
　桜の足が一瞬でそこに向いた（笑）

「そろそろ、お別れですね」
　午後６時。チボリ公園のライトアップが寂しさを醸し出す中、遠くへと帰る天稀と桃太郎を、桜は倉敷駅のホームで見送ることにした。

　３日間に及ぶ、中国地方を股にかけた旅行。その中では各人が、様々な発見をすることができた。
「それでは、また今度。　帰るまでが旅行ですよ」
　普通列車のドアが、ゆっくりと閉まっていった。

「…………さぁ、ここから160km帰らなきゃ」
　桜には、もう一つ仕事が残されていた。無事に、家族の元へと帰ることだ。