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ザ・ゴールデンロード! 0A

作:きりか進ノ介


良く晴れた空。
穏やかな日差し、でも、まだまだ冷たい風が、枯れた校庭を吹き抜ける。
3月1日、今日は私たちの高校の卒業式。
先輩たちが新しい道に向けて歩き始める、めでたい日だ。

「えっと、カメラカメラ、っと。」
誰もいない教室は、冷えた空気で固まっていた。
机の中に置きっ放しだったカメラを取りに戻って、私はそれを見つけたのだ。

「あれ?」
私の机の中で手に当たったのは、四角い紙の感触。

「……手紙が、入ってる。」
表書きには丁寧な字で、「つばさ はるか様」 とあった。

……私の名前は、椿 はるか。 やったはず、やんなあ。
つばき、と、つばさ、やから、そら確かに似とるけど。

おっと、いけないいけない。
私は大阪弁は使わないことに決めたんだもんね。
「お笑い担当」 は、中学校と同時に卒業したんだから。

糊付けもしていない封を開けて、中を確認してみる。
便箋が一枚、表書きと同じように角ばった丁寧な文字。 内容は短かった。


「 伝説の樹の下で、待ってます 」

えーと。
伝説の樹やな。 ふんふん。 なるほど。


「って、どこやねんそれ!」
思わず声が出た。 ついでにウラケンも。

「ちゅうか用件くらい書かんかったら誰が行くかいや!」

いや、まあだいたい分かるけど、あれやろ、これってラブレターやろ?
大昔のギャルゲーとかで流行ったっちゅうのを聞いたことあんで。

「でもな、そやったらいきなり相手の名前を間違うって、どないやねん?
 だいたい手紙を書いたあんた、誰やねんな、匿名でラブレター書いてどないすんねん?
 ついでに告白っちゅうのは卒業の時やからトキメクんちゃうん、私はまだ1年生やで!」

「あの、はるかちゃん?」
うわぁっ。

ビクッと振り向いた私の後ろに立っていたのは、クラスメイトのゆかりちゃんだ。
……し、しまった、やってしまった。 思わずウラケンまで。
うああああ。

「あの、何をしてるのかな、って。」
「……え、えと、なんでもない、なんでもないのよ、うん。」
「ほんとに? なんか漫才でもしてるみたいな……」
「ま、まさかそんな、ちょっと卒業式で座りつかれたから体操をね、あははは。」

ぽんぽん、っと、ゆかりちゃんの肩をたたいて廊下を歩き出した。
うーん、誤魔化せたかな? ビミョーなところだと思う。

こういう時はさっさと話題を逸らすに限る、そうだ、さっきのアレ、聞いてみよう。

「ところで、ゆかり先生。」
「なにかな、はるか君。」

あ、私たちは同級生だからね? でも、ときどきこういう話し方をするのだ。

「伝説の樹、って、なんの事だか分かりますか?」
「なになにそれ、初めて聞いたよ?」

そうか、別にみんなが知ってる場所じゃないんだ。

「伝説って、勇者でも生まれるの?」
「なるほど、そういう解釈もあるんだね。 私はてっきり恋愛成就の樹かと思った。」
「なに、はるかちゃんって実はロマンチストぉ?」
「んふ、実はそうなの♪ 花も恥らう乙女ですもの♪」

おどけた私に、ゆかりちゃんはちょっと複雑な笑顔を見せて黙ってしまった。

あう、そこで会話を打ち切られるとボケてみせた私がつらい。
「誰が乙女やねん、太目の間違いちゃうか?」 くらいのツッコミが欲しいのに……。



高校入学と同時に、私がここ「九州のヘソ」の中に引っ越してきて、もうすぐ一年。
ここはとっても良いところだ。
人はみんな温かくって、のんびりとした空気が流れている。
景色はきれい、食べ物はおいしい、水なんて大阪のアレと同じ物質だとは思えない。

それでも、私は。
ツラかったはずの昔を懐かしく思い出すことがあるのだった。


「伝説の樹じゃないけれど、恋愛成就ならシオヒメ神社かなあ。」
あごに手を当てて、ゆかりちゃんが思い出したように言った。

「べ、別に結ばれたいわけじゃないんだけれどもね。 相手もいないしさ。」
「そういえば樹もあるよ? 大きな大きな、クスノキ。」

ふーん、じゃあもしかしてそれのことなのかな、伝説の樹。

あれだけ派手に突っ込んだ私だけど、実は、ちょっと行ってみようかな、という気にもなっている。
なんだか頭の隅で、懐かしいような輝きを感じたのだ。
たった一行であれだけツッコミ甲斐のある手紙を書いた「誰か」に、会ってみたい。
俗に言う 「顔が見てみたい」 というやつである。

「せんぱーい! やっとカメラマンが帰ってきましたー!」
私の手を引いて、ゆかりちゃんは校庭へと駆け出して、話はそれっきりになった。
カメラを持った手を振りながら、私も笑顔で先輩たちの方へ走り出す。

で、いつ行ったらええねん?  と、心の中で手紙にそっとツッコミながら。



そしていつもと同じように太陽は動いて。 ほんまは地球が回って、やけど。
少し長くなりかけた影に時間を気にしながら、私は志緒姫神社へ行ってみたのだ。

春というにはまだ早いこの季節、でも境内は深い緑で彩られていた。
杉、椎、それに紅い花をつけた椿。 ここの鎮守の森には常緑樹が多いのだ。
それにご神木とも言うべきクスノキの葉も一年中ずっと緑色なんだもの、当たり前よね。

小さな鳥居で区切られた境内には、これもやはり小さなお社と、形ばかりのお賽銭箱。
そんな人工物よりはるかに存在感のある、ごつごつした巨大なクスノキが空を抱えている。
そしてなにより特徴的なのは、そのクスノキの脇にあふれ出る、泉だ。

泉、って知ってた?
私はここに引っ越して来るまで、水が湧く景色っていうのを見たことがなかった。
シュンシュンって沸騰して、やかんがピーって鳴くやつ?
それは字が違うやんか。 それにそういうのは水やなくてお湯が沸く、って言うねん。

あーあ、ひとりツッコミは虚しいなあ。

そうじゃなくって。 泉、ね。
青いくらいに透明な水でいっぱいの池の底から、白い砂を吹き上げて水が湧く。
どんどんどんどん湧くから、池の底で流れができて水草がおんなじ向きに横たわってる。
あふれた水はすぐに川になって、生きてるみたいに輝きながら海へ向かって走り出す。
それが24時間、365日、一瞬も休まずに続くんだから、けっこう凄いんだよ。

私の住んでいるこのあたりには、そんな泉がたくさんあるの。
みんなの大事な水源だから、そういう場所には神様が祀ってあって。
志緒姫神社はそうして生まれた神社のひとつだと思う。

あー尾道と違って抱き合って転げ落ちるような階段はないから、期待しないでね?
って誰も期待してへんっちゅうねん。

……はあ。 虚しいなあ。
気を取り直して行こうか。 クスノキクスノキ、と。



えっと、そのゴツゴツした巨大なクスノキの下に、人がいる。
あれは……。

クラスの男子の、北原くんだ。

北原君は、活発で明るい元気な男の子。 成績はわりと良い方じゃないかな?
運動神経も良さそうだ。 でもたしか運動部には入ってないんだよね。
日に焼けているから精悍そうにも見えるけど、彼氏にしたいかどうかは微妙だな。

え、ちょっと待って、まさか本気でラブレターのつもりだったの!?

間抜けな話かもしれないけれど、この瞬間まで私はそんなことは考えてもいなかったのだ。
自分ではそんなにかわいい方だとは思えないし、男の子と付き合った経験なんてない。
だって、高1だよ? 友達にだって公認のカップルなんかいないし。
男の子と付き合うなんていうのは、まだまだずっと先のことだと……。

「あ……。」
こちらに気がついたようだ。 北原くんは顔をあげて、嬉しそうな顔をした。
見つかった私はしょうがなくなって、ぺこっと頭を下げてからクスノキに近づいた。


「はじめまして、ツバサさん。 北原炎児と申します。」
彼は舞台挨拶のように足をそろえて立って、ていねいに頭をさげた。

……いや初めてと違うやん。 同級生やし。 名前、知ってるし。
つーか私が知ってるのに、なんで北原君、私の名前を間違うてるんや。
呼び出したんは私とちゃうで、キミやで?

私も立ち止まって、さっきより神妙に頭を下げたけど、頭の中は違った。
ツッコミが浮かんでは流れていくのが分かる。 すぐ横の泉の水のように。

あかん。 こらあかん。 シリアスに告白を聞いてる場合とちゃう。
私はあっさりとそう判断を下した。

北原君、ごっつい天然クンや。
まじめに聞いとったら、恋愛とかなんとか言う前にストレスで死んでまう。
ここは精一杯、突っ込ませてもらお。 口には出さへんけど。

北原君は知らん顔で続ける。 当然よね、表面上は真面目に聞いてるんだもの。

「こんなところまで来てくれてありがとう。 来てくれるとは思わなかった。」
まあ普通は来えへんわな。 よっぽどの物好き……って、私も物好きのうちか。
「あの、伝えたいことがあって。」
せやったら、もうちょっと分かりやすい呼び出しをかけんかい。
「大事な、話なんだ。」
つーかここまで呼び出しといて、どーでもええ話やったら許せへんで。
「一年間、ずっと、君を見てきた。」
キショク悪いこと言いないな。 ストーカーやあるまいし。
「君は、どこにいても光り輝いてるもの。」
あー制服に電飾つけてキラキラさせとったもんなあ、って小林幸子か私は。
「優しくって、明るくて、根性もあって、ときどきミステリアスで。」
……思い込みって怖いなあ、でもミステリアスって褒め言葉か?
「だから、ツバサさん、あの、俺と。」
ツバサちゃうっちゅうねん。 これだけは訂正しとかなあかんなあ。

「俺と、漫研、やってくれませんかっ!」


あかんて! オイシイ、オイシ過ぎやで北原君!

私は一瞬、ぐらっと前のめりに揺れた、かもしれない。
いや、それで我慢した私をむしろ褒めて欲しい。
これがヨシモトやったら、サンダルを後ろに蹴り飛ばして顔面からずっこけて見せるところだ。

あーどうしたもんかなあ。 どっから突っ込もうか。
なんで漫研やねんな、キミ漫画なんか描いとったんかい?
私は絵なんかうまいこと描かれへん、一年間も私のなにを見とったんや?
部活の勧誘にこんなとこまで呼び出して、そんでこんだけ引っ張ってそれかい?
傷ついた乙女心をどないしてくれるねん?
だから私は太目と違うっちゅうねん、て、それは先刻やったか。
あ、それともノリツッコミかなあ。
私もずっとあなたのことを見てました、ってそんなわけあるかこのボケ! くらいの?

おちつけおちつけおちつけおちつけ。
穏やかな春の日差し、ひんやりとした空気、春めいた森の匂い、せせらぎの音。
うん、いい天気、いい日じゃないか。 よしよし。

ぱんぱん、と膝をはたいて。(いやこけてへんねんけど、なんかそんな気分やってん)
北原君にかけた言葉がすこし尖ったのは許して欲しい。

「あの、北原君、いきなり言われても困るんだけど、用事って、それ?」
よし完璧。 大阪弁もツッコミも入れなかったぞ。

と、思ったんだけど。
相手の瞳に失望の色が浮かんだのを、私は見逃さなかった。
しもた、ちょっときつかったかな、やっぱり。

でも、次の彼の言葉は、完全に私の予想を超えていた。


「うーん。 思ったより粘るなあ。」
ちょっと自嘲気味にそう言った、のだ。

「えっと、粘るって、なにを?」
あくまでカワイく尋ねた私の目を、まっすぐに見つめて。

「隠してもダメだよ。 言ったでしょ、ずっと見てたんだから。」
え?

「君、ツッコムの大好きでしょ。」
ええっ?

「絶対に突っ込んでくれると思ったんだけどなあ。」

ええええええええっ!?
なんで、どうしてっ?
ウソ、誰にもばれてへんと思てたのにっ!?


「あ、あの北原君、どうしてそんなふうに思ったの?」
「どうしてって。」
さも当然のことのように笑われた。

「だって、いつも突っ込んでるじゃない。 この前の終業式とか。」
う、春休みの注意事項とか、確かにツッコミどころ満載だったけど。 態度に出したっけ?
「学年末テストでも、テスト用紙にウラケン打ちまくってたでしょ?」
ああっ数学のテストな。 だって文章題の状況設定にめっちゃ無理があったんやもん。
「ついでに証人に佐久間も呼ぼうか?」
……佐久間、ゆかりちゃん? って、やっぱりさっきの見られとったんやんか!

うわああ、どうしよう。
私は漫才をやめて、『普通の女の子として生きていく』つもりでここに引っ越してきたのに!

ふらふら、と、私は道端に座り込んだ。
すぐ横を泉からあふれた水がさらさらと流れてゆく。

「ツバサさん?」
「見られてしもたか。 もう終わりや。」
「鶴?」

つる。 あー恩返しか。
私は北原君をうるんだ目で見上げて、ゆっくり両手を広げて見せた。
えーん体が勝手に反応するー。

「見てごらん、ほら、私はこんなに痩せてしもうた……」
「ほんとだ、胸がぺっちゃんこだ。」
「余計なお世話やん! って、そんなんしてる場合とちゃう、じゃなくて場合じゃないの!」

ああ、またやってしもた。 どうしようどうしようどうしよう。

そうや、口封じや。
ここはいっそひと思いに殺ってしまうしかあらへん。
鎮守の森に消える命の叫び、紅い椿がはらはらと散る……。
次回。
『志緒姫神社殺人事件―清らかな泉が映し出す女子高生の愛憎劇、地獄温泉の豚骨ラーメンの謎!』

ちゃうっちゅうねん。 火曜サスペンスやあるまいし。
黙っててくれるように頼んだら済む話やんな。

「あ、あのねっ北原君。 こっこのことはねっ。」
「慌てるツバサちゃんも可愛いなあ。」
「いややわあそんなアタリマエのこと、って違うのよっ慌ててないし可愛くないしっ。」
「うーんぜひ弟にしたい。」
「ウッセエよクソ兄貴、ウゼエんだよ、ってなんで女の私に向かって『弟』なのよ、じゃなくてっ!」
「お婿さん、になってもらう方が良かったのかな?」
「ほなアンタがお嫁さんするんかいっ! 違う、ちゃうねんって、今のナシ!」

あー、なんか自分でも何がしたいんか分からんようになってきたな。

「とにかくっ! 北原君、私がこんな人間やっていう事は黙ってて、お願いやから。」
「どうして?」
「どうして、って。」

一瞬、言葉につまった私に、北原君はまじめな顔でたたみかけた。

「どうして、隠すんだい? 君らしく普通に話せばいいじゃない。」

私……らしく普通に?

「俺は、もっと君と話してみたいんだ。 めいっぱい掛け合いを楽しむ君と、ね。」
「だ、だって私やってそんなにいっつも面白いことばっかりは言われへんし。」
「そんなことは気にしないさ。 それより我慢してる君を見続けるのは、俺も辛いし、つまらないよ。」

辛いし、つまらない?
私は他人にそんな気を使わせるほど我慢して見えてたんかなあ?
道端に座り込んで北原君を見上げたまま、ぼんやりと思った。

「だからさ、この入会申込書にとりあえずサインを。」
「いやあっ助けて売り飛ばされる! とか?」
「ただの入会申込書だってばさ。 漫研の。」
「だからなんで漫研やねん! って、……あ、もしかして。」

ピンと来た。 来てしまった。

「……漫才研究会?」
「おみごと、正解っ! 会場の皆様、盛大な拍手を!」
「うっそー、ほんと、夢みたいっ! って、どんな略し方してるんよっ!」
「え、素直な省略だと思うけどな。 ツバサさん、俺の相方は君しかいない、ぜひ入会を!」
「だからっ! 私の名前はツバサとちゃうねんっ!」
「知ってるよ? 椿 はるかさん。」
「……じゃあ、なんでそんな呼び方するんよ?」
「そりゃ、コンビ組むんだったら芸名くらいあった方がいいじゃない。」
「あーそっかそら正論やな、って」

なんかえらい先の方まで勝手に話が進んでるらしい。

「誰がコンビ組むのよ、つーか入会するなんて言うてへんし!」
「もちろん君と俺のコンビさ。 君の芸名がツバサハルカ、俺は北京猿人で。」
「猿人って、サルかいっ!」
「それでユニット名は『スカイホーク』っていうんだ。」
「あーそりゃまた格好ええ名前やな、ってワケ分かれへんわ!」

私は猿人を……ちゃうって、北原君を睨みつけてやった。
なのに。 北原君は涼しい顔、いやむしろ楽しそう。

「『スカイホーク』ってのは、軽飛行機の名前なんだ。」
「軽飛行機、ってセスナのこと?」
「そう、まさにそれ! 『セスナC172スカイホーク』、翼が一枚、エンジン一個の名機さ。」
「翼が一枚、って、飛ばれへんやん。」

私は右手を水平に上げてまっすぐ立ち、左側によろよろっと崩れてみせた。

「そうじゃなくてさ。 こう一枚板の翼があって、真ん中に胴体がぶら下がってるんだ。」
「あーなるほどなあ、それやったら飛ぶか、けどなんでそれがコンビ名なんよ?」
「だからさ、ツバサが1枚、エンジン1機。」

北原君は私と自分を順番に指差しながら言った。
あ、私がツバサで北原君が猿人、な。

「……またえらい凝った名前を付けたなあ。」
「いいでしょう。 ゴールデンウィークくらいには初舞台をやりたいよね。」
「いやだから私はそんなんするなんて、ひとっことも言うてへんやん!」

「でもさ。」
北原君はなんだかとっても楽しそうだ。

「ツバサさん、さっきから笑いっぱなしだよ。」

え゛。
笑ってたのか、私。

そうかもしれへん、なんか気分がええもんなあ。
お天気がええから、っちゅうわけでもなさそうや。
……ああ、そうか。 やっぱり、要らん我慢をしてたんかな。

立ち上がってお尻の土を払いながら、私は認めざるを得なかった。

「急に言われて戸惑うだろうけど、ほら、返事は今日でなくてもいいからさ。」
ちょっと自信がなさそうに言った北原君の右横に、私は立ってみた。
舞台に立つのとおんなじポジショニング。

「……契約金は?」
「えーっと、とりあえず今月分で500円も貰えれば。」
「500円でええの、やっすいなあ。 って、なんで私が払わないかんのよ!」

とん、っとウラケンで北原君の胸を突く、よろっ、と上体だけで揺らいでみせる彼。
あ、ええ感じかも。
なんてゆうの? 痒いところに手が届くって言うんかなあ、そんな快感。

「当面、会費は無料。 それで良かったら、やってみてもいいよ。」

すっと、言葉が出た。
あ、きっとこれが多分、私の素直な気持ち。

「ほんとに!」
輝いた北原君の目に、うなずき返した。
彼は視線を前、つまり客席側に向けて、続けた。

「そしたら実質、契約金は500円だね。 やっすいなあ。」
「くれるんやったら5億でも50億でも貰たるで?」
「50億って、メジャーリーグ移籍じゃあるまいし。 でもあれだね、1000分の1くらい?」
「あほなこと言いないや、えっと、一、十、百、千……10,000,000分の1か。」
「……きっと小さすぎて見えないね。」
「せめて5000円になれへん?」
「えっと、もうひとつ条件が飲めたら。」
「とりあえず聞こか。 条件って何よ。」

あれ、北原君の顔が赤い。

「あ、あのね、ツバサさん。」
「なによいきなり勿体つけて。」

「俺と……俺と、付き合ってください!!」

頭を下げて手を差し出した北原君。
その後ろ頭を私は、かぽん、とはたいてやった。

「どう考えても! 部活の勧誘より、そっちの方が優先事項やんかっ!」
「い、いや、だって断られたらどうしようかと。」
「だいたい付き合うってなによ! 漫才のコンビでまだ不満なん?」
「付き合うって言ったら、それは結婚を前提に……」
「いきなりそんなもの前提にされたら引くに決まってるやんか!」

かぽん、かぽん。
あはは、気持ちがいい。 なんだか涙が出るくらい。

そっか、たぶん誘われたからだけじゃない、私の中で時が満ちていたんだ。

「とにかく、付き合うとかいう話はナシ! それと、仮入会やからね?」

やってみよう、と思った。
北原君と一緒に、また初めから、今度は『自分の漫才』を。

ウグイスがどこか林の中で、ノドを試すように、ホケキケカキョ、と啼いていた。
私たちの歴史は、こうして始まったのだ。


あとがき

 漫才を書いてみたい。きりかのずっと昔っからの夢、でした。きっかけは何でしょうか、漫画家:椎名高志さんの短編『All That GAG!!』でしょうかね。面白い漫才は面白く、つまらないのはちゃんとつまらなく描かれていて、しかも大阪弁が見事なまでに正確。短編集「椎名百貨店」に収録されてます。もう15年ほども前に読んだ話ですが、未だにあれを超える漫才話に出会わない。

 で、書いてみたわけですが。難しいですねやっぱり。すべるギャグの方はいくらでも書けるのに、どうやっても面白くなんない。ああでもないこうでもない、と一言ごとにこねくりまわしてみるのですが、一向に面白くならないのです。困り果てた私は、漫才的な会話を上手にこなす仲の良い先輩作家3人に聞いてみました。

『漫才ってどうやって書いてますか?』

「そうですね、勝手に出てきますね、あんまり考えてないですw」
 某姫緋威羅さんは仰いました。う、あの会話が勝手に出てくるのか、なんて羨ましい。

「てきとー?」
 某監査さんだと伏字にならないや、某村天稀さんは仰いました。これも羨ましいけど全く参考になりません。

「息を吸って、吐くだろ? それが萌えなんだよ」
 某.伊藤さんは仰いました。深い。とっても深い。だけどそれは漫才のコツじゃねえっ!

 結論。  私には才能がありません。  しくしく。

 でも、非才の身なりに一生懸命書いてみました。暖かく読んでいただけると非常にありがたいです。どうぞ今回もよろしくお願いいたします。



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